86 ―エイティシックス― Ep.4 アンダー・プレッシャー / 安里アサト

 

 相変わらず面白いです。何をしてても読んでるだけで面白い辺りに、世界観もキャラクターも出来上がってる、シリーズものとしての貫禄みたいなものすら既に感じる。

レーナとシンが出会い、彼女と彼の物語としてはこの上なく美しいハッピーエンドを迎えたからといって、レギオンとの戦争が終わった訳ではなく。大きすぎる犠牲を払いながら、共和国の奪還という目標に向けて、レーナたちの闘いは休む間もなく続いていく。その戦況は相変わらず人類にとって絶望的で、闘えど闘えど先が見えずすり減らされていくようで。

一方で助けられたはずの共和国に色濃く残る有色人種への差別感情と選民意識。連邦からの悲劇の子どもたちというレッテル。身勝手に一方的に求められる贖罪。そしてそれと対比されるように描かれるのはエイティシックスたちの、人間に対する不信頼という裏側からの断絶。そして、祖国も人の優しさも捨てていく彼らと対比されるのは、人の脳構造を記憶だけ切り落として使用し始めたレギオンという戦闘機械の存在。

いくつもの対比構造を作りながらこの作品が描こうとしているのは、人間が人間足り得るためにあるものは何かということと、愚かさを抱えたそれを肯定し得るのかということなのだと思います。レーナだけが信頼されるのでは足りないから、人間の共和国の一員だという意識のあるレーナと、人を信じないエイティシックスの間は、埋まったようで埋まっていない。それが明確にされて、どこまでも続く絶望的な闘いの中で、この先の物語はそれを探す道のりとなるのだろうなと思いました。

それは置いておいて、序盤のいちゃいちゃっぷりが何というかこう! お前ら! お前らさあ! みたいな感じがして非常によろしかったです。あの感じから、後半の地下道での闘いまでの緩急の効き方は凄いなあと。ここでこれ! そう!! 好き!!! みたいな展開を的確に刺してくるのもあって、人気なのも頷けるし、やっぱりいつかアニメで見たい作品だなあと思います。

悪魔の孤独と水銀糖の少女 / 紅玉いづき

 

悪魔の孤独と水銀糖の少女 (電撃文庫)

悪魔の孤独と水銀糖の少女 (電撃文庫)

 

 愛して、願いをかなえるために、悪魔の住む呪われた島にやってきた、美しい死霊術師の孫娘シュガーリア。正義の名のもとに迫害され、やがて滅ぼされた彼女の爺様、婆様である死霊術師たち、その復讐のために。

美しく傲慢で、甘やかで残酷で、柔らかくもその生き様はただ苛烈で。愛されることを当然として、愛することを求め、己が想いを叶えるためには手段を問わない。あまりにも生から遠く死の匂いが濃厚な、既にあらゆる意味が剥奪された終わってしまった世界の中で、彼女が彼女であるために闘い続けるその精神だけが、強烈なエゴを纏い輝いているような、そういう印象を受ける物語でした。

 

以下ネタバレありで。

 

 

 

 

シュガーリアの在り方は、あまりにも美しく高潔で、ただ人の身にはあまりにも純度が高すぎるように思いながら読んでいました。そんなふうに在りたいと思っても、どう考えても形がついてこないというか。死霊の魂を喰らて捻じ伏せ、悪魔背負いにさえ「お前は人間か」と問われる、既に超越した何かというか、血に塗れたとえ形が崩れても、ただその精神性だけでいつか果てるまで闘い続けるような、そういうタイプの純度の高さ。それはもはや、概念としての少女で。

それはまあ、舞台であるこの死んだ島と、死霊術師である彼女の生い立ちに起因する、生物としての形への執着の薄さみたいなものかなと思って読んでいたのですが、そうか愛玩人形か、そうか、それは、その通り過ぎて、あまりにも正しくて、何もコメントのしようがないなあと。

少女という概念は人形の形をしている。傍らに悪魔憑きの男を侍らせながら、永劫の時を、純然たる異端として。これはそういう物語なのだなと感じて、ああ私これ滅茶苦茶好きなやつだと思いました。いや、ほんと、好きです。

BanG Dream! 5th☆LIVE Day2:Roselia -Ewigkeit-

 

Anfang

Anfang

 

 圧巻。THE THIRD(仮)が盛り上げたオープニングアクトからそのまま左右に履けて、シルエットで浮かび上がったまま始まる「ONENESS」、そして幕が上がればそこで演奏しているRoseliaという演出から、最後まで一分一秒を見逃させないライブでした。まあ凄かった。

まず、しばらく見なかった間にえらい上手くなってるんですよね。開幕から二曲「ONENESS」「Determination Symphony」で、あ、これ凄いって思わされるくらいに。そして、今回はRoseliaとしてステージに立つことを凄くモノにしている印象。ステージ上でもキャラクターを崩さないで演じる形で、最初に見た頃は演じている感もあったのですが、今回はもう完全にRoseliaでした。キャラクターがあって、演者が居て、これはRoseliaのライブなんだというこの感覚。

キャラクターがあるからこそああいうことが言えて、ああいう立ち振舞ができて、それが完璧に決まって、それを表現するのにこれ以上のハマり役はないんじゃないかと思わせる5人がいて、それでできあがる世界観みたいな。明らかに圧の増した歌と演奏のレベルアップもあいまって、この形式だからこそ表現できるものを見せてくれてとても良かったです。

そして相羽あいな、歌えば孤高、喋るとポンコツ感あるところまで含めあまりにも湊友希那という感じ。両側に工藤晴香と遠藤ゆりかが3人で並んでるのはまあ絵になります。そしてMCもキャラのままで崩したやり取りが普通に成立してるのも凄いなと。最高に笑ったVTR含め、トークが面白いんです。ビジュアル系バンドでめっちゃカッコつけてる人が、喋るとどこか天然でめっちゃ面白かったりするあの感じに自然となっているような。

 

そして今回のライブ、キャラクターとしてステージに立つなら一つのライブであり、けれど演者からすれば遠藤ゆりかのラストライブだった訳で。当然そんなことは全くないかのように今井リサとしてステージに立って、周りもそういうふうに扱ってライブは進んで、でもこのライブ、ドイツ語で「永遠」って冠してるんですよ。これまでを歌った「軌跡」って絶対にそういう曲なんですよ。でも、それがライブの中盤に普通に披露されて、そのまま「Re:birth day」という再生の曲に繋がっていく。カバーで今回初めて披露されたのは「深愛」ですよ。これがまた凄いアレンジで、歌はなんか明らかに気持ち入ってるんですよ。でもキャラクターとして立つからにはそこには一切触れない。

そしてアンコールを経て、これまでとこれからの曲だと言ってデビュー曲「BLACK SHOUT」。Cメロで暗転、静寂の中、もう一人のベースがステージに上って、初めて中の人のライブであることが表に出てきて、ラストは涙を堪えながらの「陽だまりロードナイト」。いやもうそんなん……と思いつつ、キャラとしてステージに立つこととこれはどう折り合いつけるのかなとも思ったのです。ですが、最後のMCで全てが回収されてもうね。

本編でこれ以上なく感じさせられた、この5人だからこそできたRoselia、この5人のキャラクターがRoselia。そしてアンコールでの、去っていく遠藤ゆりかと、新しく入る中島由貴と、これからも続いていく今井リサ。誰ひとり欠けても生まれなかったこの日のステージで、最後に「11人のRoselia」という言葉が美しく全てを回収していくの、あまりに完璧かよって。そしてまだ感情が追いつかないと語っていた明坂聡美が、最後の最後退場の瞬間に泣き崩れて、なんかもう私もダメでした。エモいとか言ってる場合じゃないって。そんなん泣くって。

 

キャラクターたちの物語があって、演じる声優たちの物語があって、全てをひっくるめてRoseliaのステージ。虚構も本当も入り混じって等価になって、取り巻くどんな出来事も感情も曝け出して、今ここで表現されていることだけがその場にいる人たちにとっての本物になって心を動かす感じ。ああこれがエエンターテイメントなんだと思います。凄かった。

魔法少女サン&ムーン ~推定62歳~ / サメマチオ

 

魔法少女サン&ムーン~推定62歳~ (バンブーコミックス)

魔法少女サン&ムーン~推定62歳~ (バンブーコミックス)

 

ライフイズビューティフル 

それが答えだ

末期ガンの告白から始まるという異色すぎる魔法少女モノは、実のところ突飛に見える要素を組み合わせて人生は美しいと謳うような、そんな一冊でした。

かつて子供の頃魔法のコンパクトを拾って魔法少女となったかず子と芳江。けれど、この作品における大事なところは変身して敵を倒すのとは別にあります。それは、2人が同時にコンパクトを開かなければ変身できないことと、変身が解除されて戻るのは、コンパクトに記憶された最初に変身した時点の身体だということ。コンパクトの記憶はある程度の期間もつから、それはつまり2人で一定周期で変身し続ければ永遠を生きられる。だからこれは、いつまでも成長しない自分たちの肉体からそれに気がついた2人の人生の物語。

流れていく周りの時間から切り離され、人の世に背を向けて2人だけで生きる百合的な永遠は、けれど長くは続かなくて。いつかは欧州で魔女になろうとうそぶく彼女たちにはそれでも関わる人達が居て、1人が恋に落ちて、それを聞いた1人は姿を消して、あっけなく動き出す時間。それが、巡り巡っていつしかお互いに1人になり、歳を重ね老婆になって、ガンに侵され初孫の顔を見るまではという理由で、再び2人だけの永遠を求める。一度はそれを手放した魔法少女たちにもう一度訪れる、永遠という人生のロスタイム。それは同時に、周りの時間から外れて生き続けるか、どこかで1人の人生を終わらせるか、その二択に向き合い続けるということ。

2人の関係と、周囲の人たちとの関係。非日常と言うにはあまりに強い生活感と、シリアスにもギャグにも偏らないバランス。踏み込みすぎない心理描写でどこか俯瞰するような目線で描かれているものは、まさに進み続ける時間の中を生きていくことなのだと感じました。出会いがあって、別れがあって、始まりがあって、いつか終わりが来る。残していくものがあって、失われるものもある。彼女たちが選んだ、2人の最後の時間。あっけなく訪れる終わりと、それでも繋がっていくもの。だからこその「時を超える真実」。

道具立ては飛び道具っぽく出落ち感もあるのですが、それでしか作れないシチュエーションから2人の少女だった老婆の人生を描き、人が生きていくということを静かに讃えるような作品だったと思います。このスタンスというか、語り口というか、作品の持っている距離感みたいなものがとても好きな一冊でした。読んで良かった。素晴らしかったです。

よつばと! 14 / あずまきよひこ

 

よつばと!(14) (電撃コミックス)

よつばと!(14) (電撃コミックス)

 

 ずいぶん久しぶりの新刊ということで若干不安もあったのですが、何も心配することなどない最高に面白いよつばと! でした。

子供の目線と発想と、見守る大人の眼差し。東京という見知らぬ街に出てきたりと大きなイベントもありつつ、一つ一つの反応に、ああいつかはそういう風に世界が見えていたような気がするなあと思いました。そしてよつばはビーズ細工を作ったりお姫様ごっこをしたりとずいぶん女児っぽい感じになったなあと思っていたら、最後のビュッフェの話でそれが回収されるのかと。

あととーちゃんの妹の小春子さん、ちょっと凄いキャラ投入してきたなって思いました。よつばとはこう、キャラ的な魅力で勝負するマンガじゃないと思っていたら、あずまきよひこが突然刀を抜いてきた感じ。しかも腕は全然鈍ってないな!? みたいな。

眼鏡にポニテで背が高めのしゅっとした感じ。いかにも真面目で几帳面で頭良さそうな感じで実際そうなのだろうけど、どこか抜けてるというかズれてる変な人っぽさに、あの母の娘なんだなという雑さや大胆さが見え隠れするのがとても良いです。最後よつばに「ここはおひめさまの感じあった」と言われて見せる笑顔がもうなんか、可愛いとか尊いとかじゃなくて、結婚してってなるのでちょっとこれはヤバい破壊力。

名探偵コナン ゼロの執行人

www.conan-movie.jp

コナンの映画はもう長らく見ていなくて、安室さんについてもそもそも私が知る時点では登場していないキャラクターだったのですが、安室の女が大量発生するでっかいムーブメントを察知したのでいそいそと映画館へ行ってきました。

見終わって色々とコナン凄いなと思ったのですが、とりあえず安室さんも格好良かったけどその愛車の白いRX-7FD3S)が大活躍してたのでテンションが。本当に好きなんですよRX-7。未だに日本車で一番格好いい車だと思ってるくらいに。しかも前期型(ランプの形が細い、後期よりカッコいい)でしょ。マツダじゃなくてアンフィニのエンブレムついてたし。安室さんのドライビングテクニックにより首都高をドリフトしたり、ちょっと物理的に無理なんじゃないかというカーアクションしたりと見せ場がたっぷりあったのですが、この大人気シリーズの映画で2018年に劇場に響き渡るロータリーサウンドとかちょっと最高じゃないですかね..。マツダは早く次のロータリースポーツ作ってくれませんかね……。

というのは置いておいて、まずシナリオがかなり込み入っていてびっくり。コナンたちの視点、安室さん(というか公安)の視点が絡み合って、更に別のところに犯人の動機と行動がある。しかも、前半は小五郎が逮捕される流れで、司法制度や公安の位置づけの解説がばしばし入ってきて子供ついてこれてるかという感じ。その分後半は話し筋とは別に超アクション満載になっていて、それでいて伏線は見事に回収し切るんだからなかなか。

そしてテーマが「正義とは何か」をど真ん中からいっているのがびっくりしました。コナンの作品世界観って犯人さえ死なせない、真実はいつもひとつの絶対正義というイメージが私の中に長らくあって、そこに対して安室さんという正義の在り方を相対化するような人物が存在するようになったというのがまず驚きだったというか。

作品構造的にコナンが発揮する絶対的な正しさは今回小五郎のおっちゃんの冤罪を晴らす方向に向かっていて、それを仕組んだ安室さんは国家という大きなものを守るためにダーティーな手段にも手を染める。犯人と対比される形で安室さんが示す一線は、自分の犯したイリーガルな手段のケツを持てるかどうかなのですが、それは決して何もしなかったことにはならないし、現にそこに端を発してこの映画の物語は始まっている訳で。

その上で、安室さんのいる場で犯人にコナンが投げつける「それは正義じゃない!」という言葉の切れ味に、ひええええってなりました。コナン/安室/犯人の対比の中で浮き上がる正義の形に対して、あれを恋人だと言い切っちゃう安室さんが何を思って何をしたかも分かるけれど、でもこっちは蘭姉ちゃんがどれだけつらい思いをして泣いていたか見てるんだっていう、そこまでを踏まえた上での観客にも投げつけられるあの台詞はちょっとヤバいなと。それでまたコナン自身が本人の絶対正義のためなら、今回も法に触れるようなこと一切のためらい無くやっちゃうというところも含めて、ねえ。

とか言うことを考えながら見終わったら、私が見ながら思っていたことはだいたい全部福山雅治が歌にしていて主題歌として流れてくるものだから二度びっくりですよ。

真実はいつもひとつ だけど正義はいつもひとつじゃない 

 って歌うのなんだこのコナンの世界観における安室透の完璧なキャラソン

 

あとは灰原さんがすっかり少年探偵団の皆のお母さんになっていて、宮野さん第二の人生楽しんでるな良かったなっていう気持ちになりました。基本的に灰原さんが最終的に幸せになってくれさえすれば私コナンに思い残すことはないので……。

現代詩人探偵 / 紅玉いづき

 

 読んでシンプルに面白い小説ではないと思います。謎を解き明かしてスッキリするようなミステリでもないですし、探偵を始めとするキャラクターの魅力だとか、そういう方面のエンタメ性が特段高い訳でもない。でも、これは切実な小説だと思うのです。

かつてSNSを介して開催された詩人たちのオフ会。10年後に再会を果たしたのは9人のうち5人で、4人はすでにこの世を去っていた。主人公は探偵として、いったんは自殺なり事故なりで処理された、その死の本当の理由を暴こうとします。それは真実を明かすことが果たして幸せかという探偵の命題と向き合うことであり、ただ、彼にとって解き明かしたいのは誰がでも、どうやってでも無い。そこまでして解き明かしたいのは、彼らの死と詩がどのように結びついていたのかだけ。だから、詩人で探偵。そうまでしても向き合わなければならない理由が、彼にあったということ。

最初から最後までこの作品の中心にあるのは詩で、でも多分、これは小説でも音楽でも絵画でも演劇でも同じものなのかなと思います。直接的に生きていくことに関わらないはずものに対して、引き寄せられ、囚われ、どこまで迫れるのかともがいて、そのために何を犠牲にできるのか、何を傷つけられるのか、みたいな。

だからこれは、読者に対して、あちら側に踏み込んだ人であるのか、こちら側でまるで真っ当であるかのような顔をしている人であるかを試すような作品になっていて、また、あちら側の業というものに手を伸ばしていくような小説だと感じました。そこにある何かはこちら側の私にはわからないけれど、そこに確かに何かがあって、その手触りを少しだけでも感じられるような、そういう。

振り切ってしまったり、何かもっともらしい結論は出すことはなく、作品としてはもやもやしたまま終わるのですが、だからこそとても真摯で、切実な小説なのだと思います。

あと、お話としては3章が好きです。明かされた2人の関係性が好きというのはあるのですが、生きていて欲しかったと言いながら、責任が、証が欲しいと言って、更に返す刀で死んじゃだめだよっていうの、こう、凄い良いなって。