神様のメモ帳 9 / 杉井光

 

 最終巻が出るまでに3年の間が開いて、そこから私が更に4年寝かせてしまって、もう7年ぶりに神メモを読んだということになるのですが、読み出すとそうそう、こういう奴らの、こういう空気の話だったなあとすぐに思い出せました。

ヒモやらヤクザやらニート探偵やら、社会の枠組みからはみ出した奴らが、痛みの中で手を重ね合って生きていくような、そういう物語。ああ、この痛みの感覚が、神様のメモ帳という作品だったなあと。

ニート探偵は死者の代弁者として事件を解決してきたけれど、最終巻は彼女自身の出自に絡む事件になり、彼女は重要な事件関係者となるから、外側の人間としてその痛みを引き受けるのは、当然ナルミの役目になる訳で。相変わらずの追い込まれてからの大ペテンに、ナルミ君詐欺師として仕上がり過ぎではという感じがしてならなかったですが、そうまでしても自分自身の気持ちとして、アリスを連れ戻しに行く姿が良かったです。

紫苑寺家の事件は狂った一族の織りなすちょっともうあんまりな話ではあるのですが、それでも、別れのその先にまだ二人が歩めるだけの時間と空間があったことに、安堵した最終巻でした。

ハル遠カラジ / 遍柳一

 

ハル遠カラジ (ガガガ文庫)

ハル遠カラジ (ガガガ文庫)

 

突然人類のほとんどが消え去った世界で、AIMDというAIの病に冒された武器修理ロボットと、一人で育った野生児の少女との関係を描いた物語。そしてこれは、紛れもなく、家族の物語です。

語り手であるテスタという人工知性は、武器修理ロボットとして己が人のために為してきたことが子供を殺すことに繋がっていた事実を処理できず、AIの精神障害であるAIMDに罹患し、送られた施設の付近である少女と出会います。ただ一人野に育ち、人間としての常識や倫理観を持たず、言葉もしゃべれない彼女を、テスタは気にかけ、施設に隠れて接触を続けた。

テスタは共感もできれば感傷すらする、AIといっても限りなく人間に近いような知性として描かれていますが、それでもAIである理由は、人間の役に立つという根底の欲求が規定されていて、なおかつ物事の受け止め方がシンプルであるところなのかなと思います。人間のように曖昧さや欺瞞によるごまかしができないから、矛盾する出来事を大真面目に考え続け、処理できないで異常停止してしまう。

ハルという少女に触れることが自分の価値を担保するための勝手なのか、ロボットとしてのテスタのハルへの価値はなんなのか。ヴェイロンが言った命を背負うことの意味。テスタが陥ったその迷路の果てにあった答えがこの作品のテーマであり、人としての当たり前な常識の上でズルさも純真さも併せ持つイリナのように「真っ当な人間」の関係性を築けないロボットと野生児の間に、それが後天的なものとして生まれ得る、育めるという物語だったのだと思います。

大きな背景がありながら、物語としては小さな関係性と内省を描き続ける、しかもその中心はロボットと野生児という少し変化球な作品ですが、AIの一定のリズムの思考が紡ぐ、どこか静かで美しい雰囲気の中で、変化球だからこそのど真ん中が浮き上がるような、魅力的な一冊でした。素晴らしかったです。

Yuki Kajiura LIVE vol.14 "25th Anniversary Special"<追加公演> 7/22 @ 中野サンプラザホール

 

Dream Port(DVD付)

Dream Port(DVD付)

 

この10年は本当にたくさんのライブに足を運んだなと思うのですが、その転機というか、私の原点になったライブは何かと言ったら、10年前のアニサマ2008 2日目と、そしてもう一つが Dream Portなんですね。

梶浦由記とRevoの二人の作曲家によるジョイントコンサート形式で、初めて生でサンホラを見た機会でもありました。そして、そのテーマソングにして、本当にその時限りで演奏された曲が「砂塵の彼方へ…」という、二人の共作曲。それから、2回目のDream Portが見たいと常々言いながらも、もう二度と聞けない、特別なライブで聞いた、特別な曲だとずっと思っていて。

それが、このタイミングで、まさかここで、聞けるとは思わなくて。

今回の追加公演はこれまでのゲスト総出演で、それがアンコールで全員並んだ時に、梶浦曲でこんな人数で歌う曲はそんなには無かったから期待しなかったかというと嘘なのです。でも、アコギのイントロが始まったら声にならない声が出たし、シークレットゲストでRevoが出てきたらすべての言葉が失われましたよね……。万感、というか、言葉にならない何かが胸に押し寄せる感じで、ちょっとなかなか経験の無いような。終演後に真っすぐ歩けなくて、ああライブ後に要介護になってる人たち、こういう感じなんだなって他人事のように思ったり。

 

今回のvol.14、事務所独立の話でどうも色々あるんだろうというのはKeikoとWakanaがいない時点で分かっていて、だから正直、これが最後かもしれないという気持ちで足を運びました。それでも初日を見て、梶浦由記という人の活動も、ライブもまだ続いていくんだと安心したライブでした。今までとは違うことをやっているライブなのは分かって、できるようになったことがあって、できなくなったことがあって、それでも梶浦由記の音楽は変わらない、ずっと私が好きな音楽のままだな、というような。

スペクラ時代のFJC、梶浦ファミリーという単位で長く続いた活動は確かに確立されたものだったけれど、FictionJunctionというものはそもそも最初から一人ユニットだったよなと、そこからもう一度積み重ねていくために、それを確認していくライブだったように思います。それぞれに抱くFiction、音楽を追いかけていく中で、誰かの音楽活動と交わる交差点。その上に駅があってもいいじゃないとMCで語った通りに、新しいファンクラブは「Fiction Junction Station」で、興した一人事務所は「Fiction Junction Music」で。事務所から独立しても、交わる人たちが変わっていっても、梶浦由記梶浦由記の音楽を進み続けていることは、ずっと昔から何も変わっていないんだなと、次々にゲストシンガーが登場し、代表曲がこれでもかと奏でられていく総集編のようなセットリストを聞きながら思いました。とにかく豪華だった……。

 

それで、アンコール1曲目が「砂塵の彼方へ…」なんですよね。

 

この曲、共作でよくこんな歌詞がまあと思うような強烈な曲で、焦がれ、祈り、この身を捧げ、幻想へ、永遠の音楽へと手を伸ばすみたいな歌詞で、その先でまた僕らは廻るだろうと歌っています。

改めてこれを聞いて、同じように一人だけのユニットを主催して、同じようなスタンスで音楽に向かう同志なんだなあと。だからこそ決して線では交わらないし、Dream Portは点のイベントでしかありえなかった。でも、この、改めて自身のスタンスを問い直すようなライブをするタイミングで、この歌詞を一緒に書いた同志であるRevoが駆けつけるってそれはもうなんというか凄くないですか!?

 

また歌い出しの歌詞が

旅人の季節は常に 過去へと現在を奪うけど 

あの日重ねた歌声は今もまだ響いてる……

10年を経てこれを歌うのやばくないですか!?

最初から未来のために作られた曲だったんじゃないかって気すらしてきませんか。

 

そしてこの曲、梶浦由記とRevoの二人で歌うパートがあって、

砂を超えて 遠い岸辺で僕等は出会うだろう

あの日重ねた歌声をこの胸に

砂塵の彼方へ……

今が砂を超えた先なのか、まだ途中なのかはわからないけれど、今これを歌うためにJunctionで交わったというというが、もうね。

そして、最近高いキーは歌っていないからと嫌がった梶浦さんに、ここは梶さんが歌わなきゃだめだと言ったRevoやばいね? それで次は50th(25年後)だと言って去っていったのも、そういう意味の曲なんだよって感じで本当にやばいね??

 

あまり音楽の外側に意味をもたせることを好まれるようには思えないし、私は梶浦さんの音楽だけあれば、梶浦さんの言う一対一の関係が続き続けることが一番の望みなのですが、ただ、今回だけはどうしてもそこに特別な意味を見出してしまうライブでした。それもまた、私だけの、音楽への妄想だということで。

今はただ、これからも進み続けるだろうものと、いつかまた廻るだろうものに思いを馳せながら。

星降プラネタリウム / 美奈川護

 

星降プラネタリウム (角川文庫)

星降プラネタリウム (角川文庫)

 

大きな、美しいものをテーマにして、何かを失ってきた人たちの再生という物語を、暖かく、美しく書く人だなと思います。花火をテーマにした「ギンカムロ」のそうだったし、そう言えば音楽をテーマにした「ドラフィル」もそういう話だったなと。今回のテーマはプラネタリウム、そして星空。期待を裏切らない、美しく、素敵な物語でした。

星空を資源に観光地化され大切にしてきたものが奪われた気がして、そして故郷を捨てて上京した昴が配属された職場は、プラネタリウム。「星の魔女」の異名を取る望月の下で、解説員の業務に就くことになった彼は、プラネタリウムに訪れる人たちと、そんな彼らに解説として何を伝えればいいか考えるうちに、胸に抱いていた「人は何のために星を見るのか」という問いに向き合うことになります。そしてそれは、いつしか彼自身が、捨ててきたものに向き合うことに繋がっていく。

交わした約束、あの日の記憶、変わらない星空。大いなる魔女の手に操られ輝くそれが、過去と今を繋いで、観光地になったが故に離れた島へ、彼を星空の解説員として返すことになります。それは逃げ続けた彼自身区切りのためでもあり、また、かつての約束を果たすため。

プラネタリウムに行きたくなる、むしろ綺麗に星空が見えるところに行きたくなる、美しい喪失と再生の物語でした。良かったです。

ウェイプスウィード ヨルの惑星 / 瀬尾つかさ

 

 人類の多くが地球を離れコロニーで暮らし、海面の上がり大半が海に覆われたそこは、ミドリムシの変異体エルグレナと菌類であるミセリウトが共生した大きな花状の構造体であるウェイプスウィードが支配する世界となっていました。環境保護団体により接触が制限される地球にようやく降りてくるも事故にあい不時着した研究者のケンガセンと、島で暮らす現地民の巫女である少女ヨルが出会い、物語は始まります。

3つの短編からなる物語は、海洋冒険ものである1話、ジャングル探検ものになる2話、そして改めて「ヨルの惑星」がどういう意味かが分かる3話と色の違う話になっていますが、根本にあるのは人類とウェイプスウィードという未知の知性とのコンタクトであり、それ以上にケンガセンという青年とヨルという少女の物語でした。

地球圏のコロニーとケンガセンの出自である木星圏の文化の差、未来になっても変わらない市民団体や政治の問題に、電脳体やクローンを始めとした人類を変えた技術、そして歴史の中に隠されていた大きな秘密。魅力的な設定と最終的に惑星規模になるスケールの大きさがあっても、語られるのはあくまでもケンガセンとヨルに手が届く世界。彼と彼女が出会って動き出した物語は、人類とそれのファーストコンタクトという遥かな場所まで来てもなお、二人のものでした。

あくまでもシンプルに語られるからこそ、それが映えたのだとは思いつつ、これだけ魅力的な設定があったのだから、もう少し掘り下げがあっても良かったなという気もします。でも、そう思わせないくらいには、年齢に見合わないくらいの子供っぽさと、年齢を超越した達観が共存するヨルというキャラクターは、物語の中でその意味を変えていく「巫女」という役割と合わせて非常に魅力的でした。

「わたしは子どもだから、子ども扱いされると嫌がるよ」 

何度か繰り返されるこのセリフにヨルの特徴と魅力が詰まっているように思います。

島の巫女として自分だけが外の知識を持ち、狭い世界の中で迷信を嫌って生きていたヨルにとって、ケンガセンという外から来た人間が憧れであったこと。木星圏という外の生まれであることで地球圏コロニーで不遇をかこってきたケンゲセンにとって、地球で出会ったヨルという少女がいつのまにかかけがえないものになったこと。

未知の知性のファーストコンタクトであり、人類の隠された歴史から繋がった時代の最先端を描くこの物語ですが、それでもやっぱり、その中心にいた二人のための物語であったのだと、読み終えて思います。

好きラノ2018上半期投票

お前これ投票するの何年ぶりだって感じですが、TwitterのTLで見かけたので思い立って雑なコメントと共に。ラノベの定義は面倒くさいやつなのでリストに載ってればいいんだよねの精神。

lightnovel.jp

 

賭博師は祈らない 4 / 周藤蓮

このシリーズは、そうそうそれそれ!! っていう展開がちゃんと来るのが最高です。

keikomori.hatenablog.com

【18上期ラノベ投票/9784048938709】

 

86 EP.4 / 安里アサト

いやもうほんと面白いですね。もうどこからでもかかってこいって感じですよね。

keikomori.hatenablog.com

 【18上期ラノベ投票/9784048938303】

 

悪魔の孤独と水銀糖の少女 / 紅玉いづき

少女と異端の物語。最高でした。

keikomori.hatenablog.com

 【18上期ラノベ投票/9784048937948】

 

りゅうおうのおしごと! 7 / 白鳥士郎

衰えゆく大ベテラン棋士の執念を叩きつけるような物語、その熱量。凄まじかった。

keikomori.hatenablog.com

【18上期ラノベ投票/9784797395501】

 

 閻魔堂沙羅の推理奇譚 / 木元哉多

しっかりした型があって、どの短編も驚きの完成度。

1巻もですが2巻もたいへん良かったです。

keikomori.hatenablog.com

【18上期ラノベ投票/9784062941075】

 

最後にして最初のアイドル / 草野原々

やりやがったのかやりきったのか、とにかく読んでみてという一冊。

keikomori.hatenablog.com

 【18上期ラノベ投票/9784150313142】

 

 

賭博師は祈らない 2-4 / 周藤蓮

 

賭博師は祈らない(2) (電撃文庫)

賭博師は祈らない(2) (電撃文庫)

 
賭博師は祈らない(3) (電撃文庫)

賭博師は祈らない(3) (電撃文庫)

 
賭博師は祈らない(4) (電撃文庫)

賭博師は祈らない(4) (電撃文庫)

 

 1巻が面白かったので最新刊まで読んだのですが、とても魅力的で面白いシリーズだと思います。そしてストーリーもキャラクターもめっちゃ好み。

話運びがすごく丁寧で、きっちり積み重ねてきたものがちゃんとその先の展開に生きてくるのが読んでいてとてもしっくり来る感じ。賭博師の話なので当然嘘も裏切りもあるのですが、お話的には決して裏切られないというか。ああこれは碌なことにならないなという時は碌なことにならないし、ここで勝負を決めてほしいというところでは決めてくれるし、誰か助けて欲しいというところでは助けが来るし、痒いところに手が届くというか、そうそうそれそれ! という感覚になって大変満足感が高いです。

そしてそういう一つ一つの積み重ねがあるからこそそれぞれに際立ってくるキャラクターの魅力に、作者の趣味が炸裂する18世紀イギリスをモチーフにした世界観とくれば、そりゃあ面白くない訳がなかろう、みたいな。

あとこの作品、どこか体温の低い感じというか、ローな空気に包まれているのですが、軸は非常にオールドスクールなヒーローものなんだなと思います。各地で重ための事件に巻き込まれて、どうでもいいと言いながら、最後には誰かを救うように動いている。そして救う対象が女性ばかりだから気がつけば周りにめっちゃ女性増えてるな! っていう。そうやってはじめにリーラという奴隷の少女を救って、いつしか彼女に惹かれていった甘さ、優しさが、養父の教えが作り上げた賭博師ラザルスという形を蝕んでいくというのもこれまた王道で、だからこそそれを超えた先にカタルシスがあって良かったです。

あと、決して明るくはない世界の中で、主要キャラクターがどいつもこいつも自罰的で生きづらそうというか、生きるのに損するような、でも魅力的な性格をしているのが最高だと思います。ラザルスや酷い境遇にいたのにあまりにも純粋に優しすぎるリーラもですが、2巻で初登場の地主の娘エディスの、追い詰められながら責任というか己の筋を通そうとする姿とか本当に好き。あと、1巻だと畏怖すべき対象だったフランセスが、4巻で踏み込んで描かれた途端にこの上なく魅力的に見えるのも凄いなあと。ラザルスは彼女のことを賭博師としては誰よりも分かっているけれど、それ以外の面はあることすら気づいていない感じで、それもまた先へ繋がっていくところなんだろうなと思います。

そんな感じでストーリーもキャラクターも非常に良いなと思うシリーズ。次の5巻で完結ということで、ここまでで蒔かれてきたあれやこれやが一体どういう結末を迎えるのか、楽しみに待っていたいと思います。