ロリータ / ナボコフ

ロリータ (新潮文庫)

ロリータ (新潮文庫)

「異形の傑作」の看板に偽りなし。
単純に分量の問題ではなくて厚いというか、読み応え抜群。しかも、エンターテイメント的な面白さも十分です。なんだか凄い小説だったなぁという印象が強く残りました。訳者あとがきにあるように、少女愛の小説とも、言葉遊びと言及の小説とも、コミック・ノヴェルとも、ロード・ノヴェルとも、探偵小説とも、風俗小説とも読めて、本当に様々な読み方ができそうです。
ロリータ・コンプレックスの語源であるように、小児性愛者のハンバート・ハンバートの告白記の形で本編は進みます。子供の頃の思い出から、ロリータとの出会い、シャーロットとの結婚、そしてロリータとの放浪の旅にその終焉。そして、殺人と逮捕。その全てがこの異常者の手記として描かれるので、さもとんでもない小説かと思うのですが、饒舌で情緒不安定な文章の向こうに、確かな情景が浮かんでくるのは凄いです。例えばシャーロットとの結婚生活は早熟で生意気な娘と、新婚生活に張り切る妻との3人での生活が、まるで普通の結婚生活との情景として見えますし、ロリータとの終わりきった旅の記録ではアメリカの各所での二人の様子が義父と生意気盛りの娘二人の旅行者の姿として浮かびます。当たり前の日常の中に狂気が潜むような小説は結構よく見ますが、狂気の向こう側に形の上での当たり前な日常が見える小説は珍しい気がしました。
話としては、ハンバートのロリータへの愛情と欲望が爆発する第一部は、ロリータをなめまわすように見た身も蓋もなくいえば「キモい」描写も多く、特にハンバートの日記の辺りではすさまじいことに。ただ、少女愛の小説として情熱的という意味ではこの辺りが最高潮な感じ。シャーロットとの結婚そのものも、その後のたくらみも外道極まりないですが、愛ゆえの暴走とも。そして一線を越えてから始まる第二部の放浪は、若干熱が冷めたのか、取り返しがつかない領域に行ってしまったからなのか、終わってしまった感が漂い、モラルと狂気の間で苦しむハンバートの姿がメイン。さらにクライマックス近くで話はとんでもない方向に行きますが、ロリータは決してハンバートの人形ではないということでしょう。
しかしまぁこの小説は、どうあっても救われなかった感が漂います。悲壮でありながらもはや滑稽ともいえるレベルで、ロリータの人生もハンバートの人生もほとんど壊れてしまったに等しいのですが、その原因となったハンバートの少女愛がある限り、この形ではなくてもどこかでハンバートは少女(ニンフェット)と共に自ら破滅の道を歩んだのではないかと。ロリータがそれでも明るさだけは失わずにしたたかで強く生きているのは救われていないとも言えないのかなぁ。
それから、文章に対するこだわりは相当なものだったようで、言葉遊びや引用の雨あられです。この辺りは原文で読むとまた違ってくるのでしょうけど、新訳となった翻訳も物語の圧力みたいなものを感じられてなかなか良かったと思います。
満足度:A