赤朽葉家の伝説 / 桜庭一樹

赤朽葉家の伝説

赤朽葉家の伝説

せかいは、そう、すこしでも美しくあらねば。

この小説が描き出す、この空気に、この世界に、なんだか最初から最後までやられっぱなしでした。桜庭一樹作品に関してはもう冷静な読み方が出来なくなっている自分を確認するばかりです。
大河小説と聞いて、いつもとは違うものがくるのかと思ったのですが、読み進めれば確かに桜庭一樹の小説でした。戦後から現代にかけて親子三代に渡った地方の旧家赤朽葉家の女達の物語ですが、当時の風俗が描きこまれたりすることはなく、社会や政治を大きく動かすような出来事もなく、時代の荒波のなかでの家の衰勢がメインでもなく、描かれるのは赤朽葉家という家に関わった多くの人々の生き様。旧家を舞台に、時代の流れの中で、時代の空気に翻弄された女達と、男達と、こどもと、おとなと、地方の人と、都会の人の物語。今まで一人の少女にスポットライトをあてていた桜庭作品のカメラをぐっと引いて、多くの人々を射程に収めたという感じでしょうか。その時代、その時代の空気の中で、そのようにして生きてきた人々が赤朽葉家の千里眼奥様こと万葉や元不良の漫画家毛毬を中心に鮮やかに描かれます。強い男の時代、神話的な時代、フィクションを求める子ども達、バブル、そして移り変わる時代。これを描ききったのは素直に凄いです。
この昔語り自体非常に面白かったのですが、語り手である瞳子の時代に移って現代を描くとき印象が大きく変わりました。なにしろ私には語ることがないというニートの語り手による物語は、今までとは違い、ミステリ仕立てでしかも過去を探る物語。語ることのできない現代を感じざるを得ない作りがなんだか哀しいです。雰囲気も時代の中で変わっていく赤朽葉の家といい、全体を包む空気といいどこか冷たく醒めていて、いかにも物語的だった2章までと比べるとかなり違和感があります。ただ、もしかしたらこの小説は、この現代を過去との対比で描くために、今まで綴られてきたのではないだろうかと思ったのも確か。だからこそ、ラストにかけての展開に、あの言葉に、切なく、それでも勇気付けられる気持ちになれたのではないのかと思います。
話も非常に面白く、様々な要素の解釈のしがいもある作品。桜庭作品としても新境地ですし、内容、分量共に厚みがあるのでオススメです。個人的には万葉や毛毬のキャラクターの魅力やそれぞれの不思議な関係性、おんなおとこだった兄じゃの最後なんかが心に残りました。
満足度:A