僕の小規模な奇跡 / 入間人間

僕の小規模な奇跡

僕の小規模な奇跡

以前からいつか一般向け作品も書いてくれないかなと思っていた入間人間の初ハードカバー。
キャラクターのエキセントリックさは残しつつ、性格や設定からラノベ的な過剰さが取り除かれて、装飾過剰な文章も幾分かマイルドになっているので、思った以上に普通な感じだったのがちょっと驚き。そして装飾が無くなった分、逆に入間人間の小説としての色が強く出ているように感じる一冊でした。
一目ぼれした女の子に直球という名の変化球で迫る純粋さとバカが紙一重な大学生の青年と、絵画に挫折してのひきこもりニート生活をようやく脱した靴屋のバイト少女の二人によって語られる青春物語。なんというかツンデレな女の子に、邪見にされながらもなんとなく距離を詰めて行く青年。靴屋に毎日訪れるハンサム丸な青年と段々いい感じになっていく少女。そんなラブ模様が展開して進む物語は、最終的には絡まり合って、落ち着くところに落ち着いたようなそんな感じ。
語りそのものの面白さや、個性的なキャラクターと変化していくその関係ももちろん魅力的なのですが、個人的にこの作品で一番好きなのは温度というか雰囲気そのもの。熱い訳でなく、かといって冷めている訳でもなく。諦念に満ちているようで、諦めきった訳でもなく。大それた夢を見る訳ではなく、希望を失う訳でもなく。白や黒ではっきり色付けのできない、低体温なグレーという感じの読感は、すごく入間作品らしいなと思うと同時に、読んでいてとても心地の良いものでした。特に少女の方のパートはずっとこの文章を浸かっていたいなと思うようなシンクロ感。
そしてラストに向かっての展開の素敵なこと。決して世界が動くような特別な事件ではなく、とはいえ本人たちからしてみれば一大事。それぞれの人生が隣り合って少しだけ絡まり合って、奇遇な運命が結びつける小さな奇跡。誰もが誰かに何らかの影響を与えて、その繋がりの中で私たちは生きていて、誰かの想いがきっとどこかに時代の先を流れて行く。そんな感覚を覚えさせてくれるのが凄く好みでした。
この人の描く物語は、広い世界の中であるようにある、そういうふうに生きて行く人たちを描いたものなのかなと感じます。大きな何かを求める訳ではなく、世界を揺るがす敵と闘う訳でもなく、ただそこにある人生への賛歌、みたいな。その安心感は一種の甘えと言えるのかもしれないですが、それでも誰かのための救いになるものだと思うのです。
人によって合う合わないがありそうで、万人に勧められるものではないかもしれませんが、私はこの小説が心から大好きです。本当に素敵な作品でした。