[映]アムリタ / 野崎まど

何か得体のしれないものに触れて、そこに惹き込まれていくような感覚を味わわせてくれる、良く分からないけれど凄いと感じる小説でした。
話の筋はとてもシンプルで、4人の大学生が自主制作映画を作るというだけ。語り手となるのは役者としてこの映画「月の海」に参加することになった二見遭一。そして、最初から最後まで、間違いなくこの物語の中心に居たのは、「天才」監督の最原最早。中盤まではエキセントリックでボケ気味な最原の言動に二見がツッコミを入れるような軽い会話の応酬を楽しむ余裕もあるのですが、この作品をずっと支配しているのは、その会話が浮いているように感じてしまうような言い知れぬ静けさと不気味さ。
「天才」である最原最早。彼女の描いた絵コンテに宿った人を狂わす不思議な力。定められたものを撮っているかのように正確な撮影。一芸入試に応募し賛否両論を巻き起こしたという彼女の作品。あるものに埋め尽くされた、異様な部屋。ボケた言動や行動の向う側にどんな本心があるのかは全く読めず、元恋人であり事故で無くなったという定本の存在が明らかになって、彼女のミステリアスなんて言葉じゃ片付けられない得体のしれなさはどんどん深まって。
後半に進むほど、その気味が悪いとも言える彼女の謎に、読んでいて二見と一緒にどんどんと惹き込まれていって、いつの間にか作品に飲み込まれていくような感覚がありました。ちょっとずつ明らかになる謎と、明らかになるほどに見えなくなる彼女の深淵。息を止めて、その内に潜るように二見が近づいていった真相と、その先にあった、そんなものでは計り知れなかった、その裾に手をかけただけに過ぎなかった彼女という存在。
自らの理解し得る範囲を超えた、分からない、計り知れない、得体が知れないものに感じる羨望と恐怖。そういったものがしっかりと描かれた一冊だったと思います。前半は何かが噛みあっていないようなぎこちなさも感じたのですが、後半に入ってからは、読んでいて不安定な気持ちになりながらも、読み進めるのを止められませんでした。とても、面白かったです。