空色パンデミック 1 / 本田誠

空色パンデミック1 (ファミ通文庫)

空色パンデミック1 (ファミ通文庫)

発作を起こすと自らの妄想を信じ込み、その世界の住人になりきってしまう"空想病"。そんな"空想病"の少女と、彼女に関わることになった少年の「ボーイ ミーツ 空想少女」な物語。
中二病な妄想を公衆の面前で全力全開でぶっ放す痛々しい行為自体を、空想病という疾患の発作としたアイデアが見事でした。周りを巻き込みつつも基本は自分の妄想を演じきるだけの自己完結型、周りの人を自分の妄想世界に感染させる劇場型、空想病患者同士が共鳴して世界規模で妄想劇を引き起こす天地創造型とバリエーションがあって、主人公自身が冒頭で言及してしているように、個人の物語が世界の危機に直結する「セカイ系」作品の構造自体を物語の要素として取り込んでいるあたりすごい設定だと思います。これだけでもう面白くないわけがないだろうという。
物語は高校受験当日に主人公の景が空想病の少女、結衣の発作に巻き込まれるところから始まります。その後もやたらと景に絡んでくる結衣、そして高校で景と仲良くなる、女装男子の青井にアホの子な森崎。設定からすれば、その妄想に痛々しくなったり、病気絡みの話ということで重くなったりしそうなものですが、彼ら彼女らを描く筆致はあくまでも落ち着いていてとてもスマートな印象。そして彼らの繰り広げる澄んだ雰囲気のある青春模様も、背負った重たい事情にも関わらず、それを特別扱いせずにむしろ爽やかさを感じるくらいで、この辺りはセンスが良いというか、すごく今っぽいと感じました。そして彼らの距離感のとり方とか、結衣と景の何でもないけど一番そばにいる関係もとても今風なのかなと思います。
そして彼らの描いた青春模様の先に待ち受けているクライマックスは、まさに主人公が夢に見ていたセカイ系な危機。でも、空想病という設定が事前にある以上、その危機はどこまでいっても誰かの妄想かもしれなくて、それがどれだけ大きな規模になっても読者としてはどこか冷めた目線で見てしまいます。とはいってもそれを語る主人公は当然100%真剣で、そのギャップがすごく面白い、不思議な感覚でした。現実と空想をしっかり区別しているようで、主人公の一人称から、揺らがない現実の前での空想の空しさと、空想そのものがその人にとっての現実にすり替わったときの価値の転倒がごく自然に両方描かれていて、現実の意味そのものが宙に浮いていくような感覚が面白かったです。この辺りの描き方は、なんだか2010年のセカイ系という感じ。
一度世界危機を引き起こしている空想病に対して世の中があまりにも優しすぎると感じたり、話の展開に強引さを感じるところもありましたが、この設定で、このボーイミーツガールを、この感覚で描いているところが本当に好みにストライクな一冊。読んでいて、すごく気持ちのいい小説でした。
蛇足ですが、今後シリーズ化する中で、誰かの空想病の発作に巻き込まれている私という空想みたいな感じで、メタな方向にインフレしていったらそれはそれで面白いかなとか思ったり。どこかで訳のわからない話になりそうではありますけど。