ガーデン・ロスト / 紅玉いづき

ガーデン・ロスト (メディアワークス文庫)

ガーデン・ロスト (メディアワークス文庫)

お人よしなエカ、可愛らしいマル、男装の似合いそうなオズ、大人びて毒舌のシバ。4人だけの放送部の少女たちが過ごす、1年間の楽園の時間。
紅玉いづきメディアワークス文庫初作品は、繊細で壊れやすい、甘さと苦さを併せ持った幻のような少女たちの物語。4人それぞれの視点から1話ずつ季節を変えて語られる連作短編の形式です。
大人に近づきながら、子供のままで。いろいろなものを知りながら、何も知らないくらいに純粋で。聡くて幼くて、脆くて強かで、そしてどこまでも繊細で。匂い立つような甘ったるさの中に、胸に突き刺さるような痛みと、息を詰まらせるような毒を忍ばせて、4人の少女の物語は優しく残酷に紡がれていきます。
文通先の少女の妄想に付き合って、自分もまたその妄想に溺れる、偽善者のエカ。刹那の快楽に身を任せて、その渇きを埋めるように愛らしさを振りまくマル。自分でない何かになりたくて、叶うはずないと諦めながらも求めてしまうオズ。その真面目さと聡さで、母親からの過剰な期待に縛られて、自ら閉じるように壊れていくシバ。それでも、そんな4人を確かに繋いでいた小さな小さな放送部の部室。そこにいて当たり前だった友人たちの姿。辛いことも怖いことも、嬉しいことも哀しいことも全部そこにあって、変わりたくない、変われない、そんな想いを抱えて過ごしていく、特別な特別な少女の時間。
彼女たちの悩みも、彼女たちの痛みも、それ自体は多感な学生時代にはありふれたものなのだとは思います。だから、ここで描かれているもの自体はきっと特別ではなくて。それでも、作者を通じて描かれる彼女たちの言葉には、彼女たちの姿には、それだけで終わらせられないような何かがありました。瞬間で心に切り込んでくる、幻のような時間に閉じ込められた、不確かで、でもこの上なく切実な感触。痛いほどわかる部分がある反面、当然理解できない部分もあります。それでも、ここに閉じ込められたものはきっと特別で大切な何かなのだと感じました。社会に出て歳を重ねて、私はきっとこういう感覚は失っていくように思いますが、願わくばずっと失いたくないと思えるものを見せてくれる小説でした。
卒業という時間に閉じられた庭園は失われ、彼女たちは彼女たちのままに、それでも少しずつ自分のその先に踏み出して行きます。でも、きっと彼女たちの心の片隅には、この放送部の部室が、いつまでも特別な場所として残り続けるんだろうと、そんなことを思いました。