円環少女 11 新世界の門 / 長谷敏司

これまでの10巻で積み上げてきたものを総動員しながら、1巻で描かれた再演体系という魔法そのものに立ち返るクライマックス突入の一冊。とんでもないスケールのものがもの凄い密度で迫ってくる物語に息をのみ、圧倒されました。
例えば、世界に100個の幸せがあって、そこに100人の人が住んでいたなら、全員が1個づつ幸せを手できるように、欲張りな強きをくじいて、弱きを助けることがヒーロー的な絶対の正義として語れるのかもしれません。でも、ここで描かれているのは、50個の幸せを100人が奪いあうような世界。そこに誰もが幸せを手にするための絶対の正解はなく、だから絶対の正義もなくて。円環世界を背負って、《地獄》に核戦争をもたらそうとする《九位》。神意のもとに歩み続けるアンゼロッタ。魔法使いを明るみに出して経済社会に組み込もうと、一生一代の大ペテンを仕掛けた王子護。それぞれの描く未来を、それぞれの殉じる信念を胸に、ぶつかるのはそれぞれ生き様。
《九位》が核兵器を量産し、圧倒的な力を持った高位魔導師が現れ、展示場の事件で明らかになったように、もはや"落とし所"を見つけるための交渉のテーブルも、そのための猶予も一切なく。思惑は交錯し、凄まじいスケールでめまぐるしく変わる情勢。その中で、核兵器の存在と、アトランチスを浮上させ、魔法使いをアトランチス人として社会の表舞台に引き出した王子護のペテンにより、もはや魔法使い問題はアンダーグラウンドの事件ではなくなります。否応なく国際社会を巻き込んでいく問題はまさしく戦争に直結し、歴史の裏に隠れていたはずの《公館》の京香は混迷する情勢の中で、それでも《公館》として行く道を模索して。
さらに、悪人を自認しながら、自分の甘さと正しさを捨てられない仁と、彼とともに歩むことに自分のすべてを賭けたメイゼル。再演魔導師として立たなければいけない血塗られた世界と、自分の優しさと倫理観の間で苦しむきずな。特に仁ときずなの抱えた矛盾、定まらなさは、正解のないこの世界で己の掛けて生きることの壮絶さを見せつけられるようでした。
そしてそれぞれがそれぞれの想いを胸にぶつかり合い、破滅へと進んでいくような情勢の中で、フォーカスされていくのは《最後の魔導師》、《再演大系》を操るきずな。すべての魔法使いを操り、けれどその心は操れない魔法、再演大系。だからこそ、神聖騎士団に追い詰められた情勢で見せる再演魔導師きずなの闘いは壮絶なもの。生きたいという願いが、強制的にきずなの体を動かし引き金を引き、騎士たちを確実に殺す結果をもたらす。再演体系の笑ってしまうほど圧倒的な力と、その中心にいる、当たり前の幸せを望み人殺しを嫌った少女としてのきずなの姿が、あらゆる魔導師たちが恐れた再演体系の凄まじさと、それが決して幸せをもたらすことはないという事実を見せつける、鳥肌のたつような戦闘シーンとなっていました。
壊れていくきずな、《九位》と仁たちの闘い。そしてその先に開く新世界の門は、この誰もが幸せにはなれない世界で、再演魔導師の少女が祈った幸せがもたらしたもの。そこにあったのは、人を操る秩序、再演大系という高次存在。高位魔導師たちがずっと示唆していたもの、それが現実となった新世界。これまでもどうにもならないものの中で人がどうやって生きるのかを描いてきたシリーズではありますが、これまで以上にどうにもならない状況の中で、意志を持つ人はどのように生き、何を手にするのか。今はただ、この先の物語を待っていたいと思います。