神様のメモ帳 5 / 杉井光

神様のメモ帳〈5〉 (電撃文庫)

神様のメモ帳〈5〉 (電撃文庫)

ニート探偵事務所の関わる4つの事件を描いた短編集。
どこか静かで冷たい手触りがありつつも、その実社会不適合で不器用なバカたちの優しさでできている物語は、短編集になっても魅力的。哀しい出来事も多いけれど、これは本当に、優しい物語なのだと思います。
4つの事件は時系列順に並んでいるのですが、通して読んで印象的なのはアリスの態度の変化。ナルミがニート探偵事務所の面々に馴染んで変なスキルを発揮するようになっていく行く様子も面白いですが、それ以上にアリスのナルミに対するデレっぷりがすごい勢いです。特に、ナルミがすぐ近くにいても何一つ気かけずナルミの方がどぎまぎしていた2話から、ナルミへの好意が端々から見えてむしろナルミの鈍感さが際立つ3話への間で一体どんな心境の変化があったのかと! さらに4話目では構ってオーラを出しまくった上に、無理して野球の試合にまで出張ってくる姿まで見せてくれました。
人との間に一線を引かなくなると、人付き合いの経験の無さからか極端なまでに子供っぽくなるアリスの、構ってちゃん状態や照れ隠しもこれはこれで可愛くはありますが、個人的には死者の代弁者、ニート探偵としての超然とした、生きている者たちから距離をおいた別の場所に立っているようなアリスの姿が好きです。それが誰を幸せにするものでなかったとしても、たった一人真実に向き合う小さな姿は、哀しさと美しさを併せ持っているからこその魅力があると思うのです。そういう意味では、2話目のアリスの振る舞いが良かったです。話のオチと「探偵の愛した博士」というタイトルには思わず笑いましたが!
4編の中で面白かったのは「あの夏の二十一球」。ヤクザにパチンコ屋への改装を迫られた、ナルミや少佐の通っているゲーセンの存続をかけて、ニートたちがヤクザたちと野球対決をすることになるという突飛な話ですが、自分の大切なものと誰かのために頑張れるニートたちと、少しの苦味と感傷という凄くこのシリーズらしい作品になっていてすごく良かったです。
甲子園で活躍しながら野球賭博絡みの八百長疑惑によって野球選手にはなれずにヤクザになったネモさんの、それでも絶ち切れずに捻れた野球への気持ち。それを呼び起こしたナルミたちの想い。ヤクザを相手にしながら甘い展開だとも思いますが、このナイーブさと甘さもまたこの作品の魅力なのだと思います。そしてナルミたちがハマっていた通信野球ゲーム「パワレボ」の特性を、こういう形で活かすのかと感心。
読み終わってやっぱり好きなシリーズだなと思った短編集でした。次の長編も楽しみです。