シャングリ・ラ / 池上永一

シャングリ・ラ 上 (角川文庫)

シャングリ・ラ 上 (角川文庫)

シャングリ・ラ 下 (角川文庫)

シャングリ・ラ 下 (角川文庫)

壮大なスケールともの凄いスピード感で1000ページを駆け抜ける荒唐無稽な物語。想像の上を行き過ぎて予想すらできない展開と、科学技術から経済から呪術まで盛り込み東京から世界までを描いた物語の密度、そして常識という言葉を軽々と打ち破って縦横無尽に駆けまわるキャラクターたちの強烈なパワーに、惹きこまれて振り回されて脳が痺れるような物語でした。兎にも角にも、凄かったです。
地球温暖化に対向するために生まれた炭素主体の世界経済、森林化を推し進め遺伝子操作された植物に覆われた東京、その中心にそびえ立つ超巨大建造物「アトラス」。そんな圧倒的なビジュアルイメージから始まる物語は、過酷な環境となった地上に残された人々による反政府ゲリラの総統に、少年院から出た國子がつくところから始まります。
そしてその後はもうノンストップ。森に建てられたドゥオモの雑然としながらも人間味を感じる暮らし。伝染病まで蔓延する森の過酷な環境。秋葉原の猥雑とした空気。そしてアトラスの都市に、軍隊から呪術の組織まで陰謀渦巻く政治の場、炭素指数という数字に誰しもが踊る世界経済。
そんなめくるめく情景の中を駆け抜けるのは、アクが強すぎるキャラクターたち。誰もがメーターを振り切ったような極端な能力と性格を持って、読者の常識を超えてあちらへこちらへと動きまわります。その中でもニューハーフにして國子の母親であり父親であるモモコの最強ぶりや、自らが仕える美邦を守るためにどんな地獄にでも突き進む小夜子の印象は強烈。他のキャラクターも誰も彼も一筋縄ではいかなくて、正しいと思った次の瞬間にはおかしく見えるような、こちらの理解の範疇を超えた存在です。さらにそこに、オカルト要素から未来の科学まで、まさに何でもありに詰め込めるだけ詰め込んだような物語が展開していきます。
そんな過剰に過剰を重ねていくような物語は、序盤こそその濃さに目眩がしますが、話が動き出してからの勢いは凄まじいものがありました。最強かと思ったらもっと上がいる、死んだと思ったら生きている、次々と明らかになる思惑、予想外のところで繋がりまたエゴでぶつかるキャラクターたち、そして見えてくるアトラス建造と國子たちが背負った運命の秘密。トップギアに入ったと思った瞬間さらにその上へとエスカレートしていく様は、その過程で色々なものを捨てているような気がしなくもないのですが、圧倒的スピード感で細かい疑問を挟ませずにラスト1行まで引っ張っていってくれます。
そしてそのラスト。これだけのことが起こりながらまさかの大団円に満足しつつ、成長していくキャラクター、破壊を経て生まれ変わる都市というイメージ、そして作者の捉えた森と帝の都市東京の在り方に、ただ荒唐無稽なだけの作品ではなかったのかなと感じました。
規格外のキャラクターたちが目立って、民衆の姿があまり見えないという物語の描き方は、読者としては展示ケースの中で世界がめまぐるしく姿を変えていく様を見ているような印象があります。ガラスケースの中で、あちこちで小爆発が起きて、時々大爆発が起きて、右に行ったと思えば左から出てきて、塵と消えたと思えば天井から降ってくるようなエネルギーの奔流が起きて、それを繰り返す中でやがて世界が一つの方向に姿を変えていくような。そして、あまりに出鱈目だと思いながらも、思わずそれを凝視してしまうような感覚。これほどフィクションというもののパワーを感じさせてくれる物語はなかなか無いと思いました。
個人的に好きだったのは池袋のビルを守り続ける老婆趙。森に呑まれても、荒れ果てても、たとえ周りで何が起きようとも自らの場所を守り続ける頑固さに、変わりゆく世界の中でも変わらない人の強かさを見たような気がしたのでした。