マルドゥック・スクランブル [完全版] 圧縮・燃焼・排気 / 冲方丁

ずっと読みたいと思っていた作品を完全版が刊行された機会に手に取りました。そして、読み始めたら一気にラストまで。噂に違わぬ凄い作品でした。
未成年娼婦として奪われる立場にいて心を閉ざすことで生きてきた少女バロット。そんな彼女がある事件に巻き込まれ、命を失いかけ、そして万能の道具であるウフコックとドクターの事件担当官二人に救われます。この物語はシンプルに言えば、全てを奪われてきた一人の少女が仲間と共に彼女自身の事件に立ち向かう、それだけの物語です。振りかかる過酷な運命に立ち向かい、逃げ出したくなるような恐怖に耐え、強すぎる力に振り回され、自分の過去と絶望に苛まれ、それでも。人が生きるということ、その意志の輝きを、その営みが生み出す価値を高らかに謳い上げる、その圧倒的な迫力。
秩序と混沌が併存するような都市の中で、きちがいじみた事件の中で、たった15歳の少女が、様々なものに触れて、様々な人に出会って、自らの意志で選び、自らの意志で闘い、そして生き抜いた軌跡。それを再生の物語と一言で言うのはとても簡単で、でも、その苛烈さが、そこにこめられた想いの強さが、この物語を特別なものにしているのだと思いました。
手にした力にバロットが呑まれる、虐殺劇となった1巻のクライマックスシーンの暗いカタルシスも素晴らしいものがありましたが、とにかく凄いと思ったのが2巻から3巻にかけてのカジノのシーン。ルーレットやブラックジャックにそんなにも深い読み合いが存在したのかという驚きと共に、周りが一切見えなくなていくようなその勝負の世界に惹きこまれて呼吸を忘れそうになる感覚。特にクライマックスとなるアシュレイとのブラックジャックの勝負は、カードとアシュレイと自分しかいなくなり感覚が加速していくような興奮を、読んでいる方も味わえるもので凄かったです。
そして、ドクターとウフコックに助けられながら、自分で決断し、自分の力で何かを掴みとる。バロットという一人の人間が変わっていくこのカジノをでの経験が、彼女たちを追い続けた虚無の象徴であるボイルドと闘うラストのシーンに対して意味を持ってくるのかなと思いました。あと、どんな時でも凛とした態度を取り続けるベル・ウィングがカッコ良すぎてもうどうしようかと。
SF的なガジェットも、キャラクターも、アクションももちろん魅力的でしたが、価値を生み出す意志の力、特に逃げ続けたシェル、虚無を求めたボイルドと対比した時のバロットのそれの輝きを強く感じ、またそれが非常に印象的な小説でした。この機会に手にとって良かったと心から思える、本当に凄い作品だと思います。