KAGEROU / 斉藤智裕

KAGEROU

KAGEROU

水嶋ヒロの作家デビュー作とか、賞金2000万円とか、発売前からやたらと話題になっていたポプラ社小説大賞受賞作。あんまり騒がれているので、思わず時流に乗ってしまったミーハーな私です。
ビルからの飛び降り自殺をしようとしていた中年男ヤスオを引き止めた、全日本ドナー・レシピエント協会、略称「全ド協」の青年キョウヤ。そこから始まる物語は、生きること、命とはなにかについて真正面から挑んでいくような作品になっていました。
ただこの作品が面白かったのは、シリアスで感傷的にできそうな題材を、決してそういう方向には行かないように描いていたこと。ヤスオの体をドナーとして提供するかわりに金銭報酬を持ちかけるキョウヤによるヤスオの査定は中古車の査定のようで、死が定められたヤスオは少なくとも表立った緊張感なくオヤジギャグを連発する。生と死に対して、何か高尚なもの、純粋なものではなく、どこかバカバカしさをはらんだものとして描いている感じを受けました。
そうやって感傷にのまれないように距離を置きながらも、臓器、つまり値段のついた物体として扱われる体と生命の在処。借金を背負い、お金に追い込まれ死を選んだヤスオの視点から見る生きることの意味。そういったものに対してはすごく真摯に向き合おうとしている感じがして良かったです。
ただ、テーマに対してもう一歩踏み込んだ何かを見せて欲しかったという物足りなさも。描きたいものは伝わってくるけれど、どこか遠慮がちに思えるというか、新人作品なのだからもっとなりふり構わずぶつかっていけばいいのにと思うところもあったり。話も綺麗にまとまっていて、文章も平易で読みやすくて、読めば面白いけれども、読み終わってもう一つ印象の薄さを感じる作品でもありました。ただ、もう何冊か同じテーマで作品を書いたときに、何かもっと面白いが読めるのではないかという期待感はあって、そういう意味では今後が楽しみ。
結局ヤスオは最初の飛び降り未遂の時点で死んでいたようなもので、その後に繰り広げられるのはその残響のようなものに感じます。めまぐるしく移り変わる現実感の希薄な世界の中で、命の最後に揺らいだ何か。そういう意味でタイトル通りなイメージの一冊だったと思います。