はたらく魔王様さま! / 和ケ原聡司

はたらく魔王さま! (電撃文庫)

はたらく魔王さま! (電撃文庫)

異世界エンテ・イスラをほぼ我がものとしながら、勇者によって追い詰められ、現代日本の東京笹塚になんとか逃れてきた魔王サタンと悪魔大元帥アルシエル。魔力の集められない世界で、善良な市民のように暮らさざるを得なくなった二人と、同じく魔王を追って東京にやってきた勇者エミリアのどこかズレた日常が描かれる物語でした。これは面白かった!
東京に命からがら逃げおおせて、最初に警察官に捕まり、その後戸籍を作りに区役所へ行き、それからボロアパートでも良いからと不動産屋へ行き、そして職探しを始めるというこの生活感。そしてようやく見つけた日雇い派遣の仕事を、派遣会社の業務停止で失う辺りのくだりは爆笑もの。
冒頭から貧乏暮らしの中で自転車と冷蔵庫を魔王が一括購入したために生活資金が底を付き、お小言をこぼす主夫の魔界大元帥というシュールなシーンで、そこからそうなった背景が語られるわけですが、その辺りの導入がうまくて適度な説明でそういう状況がすんなり落ちてくるのが良かったです。そして異世界にいたときと東京に来たときのこのギャップがまた。
ファンタジックな背景を背負いながら、やたらめったらせせこましく小市民的な暮らしをしているやつらなのですが、その生活っぷりがまた素敵。マグロナルドのバイトで店長に信頼され、後輩に慕われ、A級クルーとして模範的に働き、正社員を目指す野心を持った魔王=真奥貞夫と言う時点で色々突込みどころに溢れているのですが、そんな真奥を支えるため主夫業と美術館巡りに精を出すアルシエル=芦屋四郎も、携帯会社のお客様センタでテレアポをする派遣社員なエミリア=遊佐恵美も、どこかアホの子的にズレた感じで、それが愛すべきキャラクターになっています。
西新宿方面の狭い世界で笑っちゃうくらいに地に足の着いた暮らしが描かれながら、異世界時代の背景がちゃんと今の生活のや行動の元にもなっていて、その二つが境界なく混じり合うことで話が進んでいく辺りも良い感じ。真王にやたらつっかかる勇者は、この世界で見るとただのツンデレにしか見えなくて、真奥を慕う後輩女子から元カノと勘違いされてこじれたりする辺りはもう笑うしかありません。
そんな感じの生活も、不思議な地震や襲撃者の存在から非日常が顔を除く展開に。今の世界で築いた物、過去の世界でやってきたこと、襲撃者の正体といったところが絡みあってのクライマックスのバトル展開はシリアスと脱力の切り替えがちょっと中途半端かなと思うところもありましたが、話の展開は本当に巧いと思いました。
ラストではキャラクターも増えましたし、まだ魔王の生い立ちや何故こんなに善良なのかを始め明かされていない事実も、真奥と恵美を中心とした人間関係もこれから色々ありそう。落ち着いた文章と細かく気遣われたそれぞれのキャラの描写も大変好みだったので、続刊も楽しみに待っていたいと思います。