少女不十分 / 西尾維新

少女不十分 (講談社ノベルス)

少女不十分 (講談社ノベルス)

きみの人生はとっくに滅茶苦茶だけど……、まあ、なにも、幸せになっちゃいけないってほどじゃあないんだよ。

作家になって10年がたつ主人公が作家志望の学生だった時代。彼を変えた一つの、ただの出来事。
作家として10年目を迎えた西尾維新が、作家として10年目を迎えた主人公を描くという意味では、自分自身の作品について語った作品という構造を持つものなのですが、そこに小学生女子に誘拐・監禁されるという事件を入れて、しかもそれを物語ではなくただの事実として記述するという、妙に回りくどいある意味西尾維新らしい構造の作品。確かに、10年かからなければ書けない物語だと思います。
主人公の体験した事件という意味合いでは、ひたすらに行動原理の分からない女の子という存在が描かれている感じ。友人の事故にあってもゲームのセーブを優先し、それを主人公を拉致監禁し、なのにお腹が空いたといえばなけなしの食料を全部よこす。何かを超越した存在というわけでも、子どもらしい甘さでもない、ひたすら杜撰な誘拐。歪み過ぎていて輪郭のつかめないその少女の謎自体を解き明かす形の物語であり、それを受けてのメッセージが描かれているような感じです。
とはいえ、いつでも逃げれる状態で監禁されて逃げない主人公は正直向き合いづらいものがありますし、その理由を実際にそういう事件だったから、そのような出来事として語るしか無いという屁理屈っぽいエクスキューズはさすがに読んでいていらっとするものも。一人称文章の徹底的な回りくどさとあわせて、途中までは正直読んでいてかなり辛いものがありました。
ただ、そんな少女の抱える謎がひどく後味の悪い、歪んた真相と共に明らかになって、そしてそこから作家志望が作家になった理由まで行って、これはこれで面白い作品だったなとも。ほとんど西尾維新のようで、西尾維新本人とは描かれていなくて、それはそれで作者らしいひねくれた書き方だと思うのですが、10年間積み上げられた作品の裏にそういう想いがあったというのは、100%真実で本心ではなくても、100%の嘘ではないんじゃないかなとそんなふうに思いました。そういうことをストレートに描く作家じゃないというのもずっと読んできて知っているからこそ。
私のように、戯言シリーズに、きみとぼくシリーズに、ああいう感覚を持った物語に惹かれてのめり込んできた人たちにとって、時間を置いた今、ここにそういうメッセージがあるというのは、やはり感慨深いものではあると思うのです。そういう意味で、これは10年かからなければ書けない作品であり、同時に10年間壊れた世界を生きてきた読者のための作品であるとも思うのでした。