エトランゼのすべて / 森田季節

エトランゼのすべて (星海社FICTIONS)

エトランゼのすべて (星海社FICTIONS)

京都を舞台にした、素敵な素敵な青春小説でした。このお話はすごく好きです。
京都大学に入学したおとなしめの主人公が、大学デビューを試みるものの体育会系やノリの良いサークルには近寄れずに、オタクなわけでもないからそちらへもいけずにいた所で見つけた、京都観察会というサークル。真っ黒のワンピースを纏って、自分のことを言い当ててくる魔法使いのような会長に惹かれて、そのサークルに入って。
個性豊かな4回生たちに歴史オタクな1回生の女の子。そして謎めいた会長。ただ集まって駄弁っているだけのゆるすぎるほどにゆるいサークル活動に、外国人だらけの学食でのバイト。何かに燃えるわけでも、何かを目指すわけでもなく、けれどどこか居心地の良い大学生活。不安はいつだっていっぱいで、悩み出せば呑み込まれそうで、けれど後ろ向きなキャラクターたちが織り成すこの物語は、どこかふわふわとさらさらとした印象があって重いものにはなりません。徐々に見えてくる本当のことは軽くはなくて、彼らの生活は地に足がついていない話ではないけれど、軽いタッチでまるで地に足がついていないかのように描かれていくそれの心地良さ。回りくどい語りの割に決して小難しくはない、どちらかと言うと間抜けな感じのあるズレた一人称も面白くて、その印象をより強いものにしている感じでした。とにかく読んでいてしっくりと来るような、沈みながらすっきりするような、そんな感覚。
そして一章ごとに変人揃いなサークルのキャラクターを描きながら、会長と主人公の物語に。神秘的で、魔法使いのようで、カリスマを感じて惹かれた会長の本当のこと。そしてこのサークル自体の本当のこと。鈍い主人公が気づかなかったそれが分かって、彼は彼なりに行動を起こして。不安の海に沈みそうだったり、どこか共依存的な関係に微睡んだりしていた、優しすぎる異邦人たち。たった数年間の大学生の時間を、間違えながらも自然に、超えていくために。肩肘は張らないで、けれど本気で、彼らの選んでいく道。大学も、社会も、家も、何もかもがうまくいくわけなんてない世界の中で、彼と彼女が進もうとした姿がすごく良いものでした。闘ってみせる強さ。辛い時に支えられる優しさ。当たり前に大事なものを、この社会から少し外れた人たちが、当たり前のように見せてくれて、だからこそそれが素晴らしいものに見えるような。
読み終わって、色々あったけれど、ああ素敵な一年だったと思えるような、そんな青春小説。思わず手に取りたくなるような表紙、そして挟まれるカラーのイラストも作品の雰囲気を作っていて素晴らしかったです。
ちなみに個人的には、底が見えたって、その裏にあった何もかもが分かったって、真っ黒なワンピースを着て、薄く微笑んでいた会長は、変わらずに神秘的で魅力的なのだと思うのでした。主人公はそのミステリアスさに何か超越的なものを感じていたようですが、不安だからこそああいう立ち振る舞いしかできなくなるわけで、そんな不安の海に溺れて消えてしまいそうな、誰かが支えてあげないといけないと思わせるような儚さこそが、最初からこの人の魅力であったのではないかなと、そんなふうに思うのです。