明日も彼女は恋をする / 入間人間

タイムトラベル作品にして、入間人間流の運命に挑むループものという感じの下巻。変えてしまった、変わってしまった運命と、救いたかったものと、それがもたらした結果と。これは、そんな少年少女たちの物語でした。


あとはネタバレありで。











だ ま さ れ た !
ということで全く油断していたところに完璧にやられました。交互に語られる一人称視点とかもう疑いの余地満載だったのに、入間人間=青春小説のイメージが強すぎて、すっかり念頭から消え去っていたその可能性。あまりに鮮やかに騙されすぎて、190ページでしばし固まったという。
という訳で、ニアとマチという1組のカップルではなく、綾乃とマチ、ニアと裏袋という2組のカップルの物語であったこの作品。視点は綾乃と裏袋のもので、最初に過去へ戻った(2回目の9年前)綾乃視点と作品内では3回目の9年前に当たる裏袋視点では、そもそもループが一周ずれているという。
そう思えば表紙もネタバレ全開で、軽トラと外車というタイムマシンの車種も、わざとぼかしたような上巻ラスト付近の裏袋視点も、ニアという単語の登場しない綾乃視点、マチという単語の登場しない裏袋視点も、他にも諸々気付くべき要素は散りばめられています。そして松平博士によるこの作品のタイムトラベル理論解説、そして裏袋の登場と下巻前半でリーチがかかっていたようなもの。それが、上巻であまりにも2つの視点で起きる出来事が噛み合っていて、同じ時代のニアとマチの物語だと錯覚させる手腕は鮮やかでした。全く同じ境遇のカップルがどう時代に二組はおかしいけれど、一回目の過去改変の結果としての同じ運命を背負った二組のカップルであれば、作品のテーマ的にもハマっていて文句のつけようがありません。
この作品は結局、綾乃がニアを救った結果マチは失われ、もう一度マチを救おうとする綾乃の行動は、ニアを殺すことになるという、二者択一の運命の物語なのだと思います。タイムトラベルの理屈を、ある視点から連綿として続いたものとした結果、2周目の裏袋にとってのニアがいる当たり前と、1周目の綾乃にとってのマチのいる当たり前が絶対に噛み合わないまま、二人は3周目以降の世界へ、という。
ただ、この作品でもっと重要なことは、運命の二者択一ではなくて、過去改変が一人称からの世界の塗り替えとして描かれることかと。だから結局、綾乃が好きだったマチは、1度目の過去改変から未来へのタイムトラベルの結果で、消滅しているのです。そうなれば、綾乃は2周目の、全く別の存在であるはずの綾乃とマチの未来をヤガミとして見守るしかなく、それが過去改変の対価であり罰であったのかなと。それと、こういう仕掛けなので、個人の主観をある範囲で切り取った、シンプルな少年少女たちの物語にできているのかと思いました。その分、タイムトラベルものとしては細かい部分は相当にルーズな感じはありますが。
そしてラスト。別の人物に過去改変をされた時の一人称の繋がりをどう処理するか次第なのですが、綾乃視点はあくまでもスタート時点から連続しているとする限り、彼女が裏袋である可能性はないと思います。でも、そもそも1周目スタート時点の綾乃が何者かの過去改変にあった上でのスタートでなかった保証はないわけで、それをずるずる考え続ければドツボにはまっていく。祖母の「やがみさん」や松平博士の師匠も何を示しているのかと思わせぶりですし、結局過去に起きたできごとを変えるということ自体、一度手を伸ばした瞬間に落ちて行くような、禁忌であったのかなと思いました。裏袋にしても、2周目から3周目へと一度塗り替えてしまった運命は彼女の視点から切り取った中では不可逆で、どこまでいっても2周目の彼女でしか無い以上、3周目の世界での未来へのトラベル時に消滅してしまったニアを求めて改変された世界を闘い続けるしか無いという。
カップル二組が何かをやりなおす物語として、これはやっぱり入間人間の青春小説は好きだと思わせてくれるだけのもので、それはそれでとても面白かったです。でも、その関係のやり直しと過去の幸せ、そして島の日常を描きながら、この物語は実は始まった途端にもう取り返しがつかなくなっているという、容赦のなさがやっぱりこの作品の真骨頂なのではないかと思うのでした。過去を取り戻すのは、過去にではなく現在やるべきことであり、現在取り戻せない過去はもうどうしようもないものなのだと。
入間作品はみーまーにしろ冥王星Oにしてもこういう叙述の仕掛けは割と頻繁に行われていたように思いますが、それが物語に一番ハマった作品だったと感じます。とても面白かったです。