ドラフィル! 竜ヶ坂商店街オーケストラの英雄 / 美奈川護

地域密着オーケストラのコンマスとしてやってきた、音大を出たものの行き場を失っていた青年。そこで出会った、車椅子の女性指揮者。傍若無人でけれど指揮では天才的な彼女と共に、オーケストラのメンバーたちの抱えた事情を解決しながら、竜ヶ坂商店街オーケストラ、通称ドラフィルは発表会へ。それと共に明らかになってくるのは、彼女たちの抱えてきたもの、彼の抱えてきたもの、そして……。
商店街のアマチュアオケを舞台に、個性的なキャラクターたちのちょっといい話あり、音楽に向き合う真摯さと作者の愛情あり、そしてミステリ的な筋立てで明らかになってくる過去と現在の真実があり。そして全ては、クライマックスの演奏シーンへと。
もう好きすぎてたまらない、嫌いな要素がこれっぽっちもなくて、素晴らしいところを上げれば数知れないような、そんな物語でした。商店街の人々を描く作者の視点の温かさ、垣間見える音楽に対しての想いの深さ、そして音で語る人を描くという小説であるが故に難しいテーマを見事に描き切っていること。第1楽章から第3楽章もちょっとうるっとくるような話ばかりで、メンバーたちの問題に響介が首を突っ込んで解決しながら実は七緒が仕向けているような感じで面白かったのですが、その中でちらほらと見えて違和感と、もしかしたらという疑念を生んでいた小さなパーツが、七緒の物語として一つの形を現す第4楽章「贖罪のアリア」の素晴らしさったら。
車椅子の天才指揮者。けれどその指揮は独学で、なのに音楽に対しての想いはどこまでも強くて。常に不敵で傍若無人で、そのハンデを抱えた体のことなどちっとも感じさせず、かつてあった事故のことも多くは語らない。そんな彼女が、一体何を抱えて、何と闘っていたのか。音楽の神様と音楽の魔物、残酷な運命と闘い続ける音楽家の姿は、悲壮であっても、それでも強さを感じさせるもので。そしてその全てが、ドラフィルの演奏に結実する。そこまで描かれてきたものがあるからこそ、この演奏シーンに込められたものの強さを嫌というほど感じて、音の無いはずの小説で、彼女の語る音を真正面から聴かされるような力がありました。
そして響介が何故この街に、そんな彼女の前に現れたのかは、タイトルにも通じてくるひとつの物語。ネタバレになるので多くは語れませんが、彼の物語としても、彼女の物語としても、彼と彼女の物語としても、またこの商店街の職匠歌人たちの物語としても、非の打ち所のない素晴らしい作品でした。大好きです。
できればブラームスのヴァイオリン協奏曲ニ長調作品77第3楽章とワーグナーニュルンベルクのマイスタージンガー第1幕への前奏曲を聞いてから、そして読み終えたらすぐ聞ける準備をしてから、読んでみて欲しいと思います。オススメです!