桜庭一樹短編集

桜庭一樹短編集

桜庭一樹短編集

無花果とムーン」を読んだ時に、桜庭一樹の描く少女の作品はもう平常心で読めるかなあと思って勝手に私の中でひとつの時代の区切りを引いたつもりになっていたりもしたのですが。同世代のお話を描かれると、全然平常心なんかで読めないということが判明した短編集。やっぱり私にとって桜庭一樹という作家は特別なんだなと。「モコ&猫」と「冬の牡丹」が、もうどうにも。
桜庭一樹らしい、けれど色の違う6編からなる短篇集で、閉ざされた世界の少女たちのなりきり遊びと桜庭一樹的な青年のイメージが描かれた「青年のための推理クラブ」や、珍しく少年を主人公にして不思議な村でのひと夏の経験を描く「赤い犬花」も面白かったのですが、やっぱり先にあげた二編がクリティカルな感じで。
「冬の牡丹」は優秀だと言われて育ち、いわゆる今時のエリートコースを歩みながらドロップアウトして派遣社員として働く女性と、アパートの隣に住む世捨て人的な空気をまとった老人の交流を描いた物語。波風の立たない生き方、父親から受けていた期待、いつの間にか強くなった母親と、自分より劣っていたはずの妹。何かを間違えたわけではないはずなのに、どうしてか都会で一人行き止まりにいるかのような、けれど田舎にはもう自分の居場所はない、誰からも必要とされない、なのに誰かに迷惑をかけてるような、そんな閉塞感。その感覚が、なんだかすごくよく分かるもののように思えて。やっぱりドロップアウトしたような、けれどどこか飄々と生きているような老人との会話、虚しくて軽くて、でもどこか救われたような気にもなるラストが好きです。
そして「モコ&猫」はおかなし格好をして黒くててかてかしたモコというエキセントリックな女と、彼女のストーカーのようになった猫と呼ばれる青年の話。モコに対して明確に好意を抱きながら、それ以上に近づくこともなく、眺め続けているような猫。来る者は拒まず、去る者は追わず、全て流されるままに流れ、結果女にだらしなくなり、それでもモコを見続ける猫。学年が上がって、モコは社会に出て、そこで苦労をして。エキセントリックだった彼女は、けれどすごく普通の人であって、猫に対しての感情も求めているものも見えているのに、それを知らずと言うよりも、分かっていて自分の中にある感情とだけ向きあうように、決して壁は崩さない猫の方がずっと最低で異常に思えて。
気遣いができないとか、自分勝手というのも温いくらいの、無関心と強すぎる関心を不完全にシェイクしたみたいな感情が、怖いのに何故かよく分かるような気がして、ぞっとするものがありました。硝子越しの執着は、向こうからも見えているのに一方通行で、けれど決して手を触れることはないまま膨れていくから、恐ろしいのかなと。それなのに、この人間関係は本当に、刺さるものがあるなと。