ヴァンパイア・サマータイム / 石川博品

高校生男女の一夏の、本当に普通の、恋の物語。
男の子は昼間部に通う人間で、女の子は夜間部に通う吸血鬼で、けれど。
これは、そういう小説でした。
人間が昼の世界に生きて、日に当たれない吸血鬼は夜の世界に生きる。そうして当たり前に共存している世界。ヨリマサが両親の経営するコンビニを手伝う夕方に、かならず紅茶を買っていく同じ学校の制服を着た冴原と出会います。
当たり前に共存していても、高校生の視点から見れば夜間部と昼間部がそれぞれ何をしているのかなんてわからなくて、けれど冴原との出会いや彼女の友人である影宮が昼の世界に現れたりしたこと、そしてヨリマサ自身が夏休みの間昼夜逆転の生活を送っていたことで、別々だった二人の世界はぐっと縮まって、そうして。
二人が別の種族であるということ。吸血鬼という存在。それが、二人の恋愛感情の間に確かに横たわるものではあります。けれど、それがなにか特別なものに、物語を通じてなるのかというとそういうわけではない。この世界に当たり前に吸血鬼はいて暮らしている。ヨリマサは真っ暗な世界でのデートに、吸血鬼たちの女子会に、冴原との違いを感じる。冴原は自分の抱えている、ヨリマサの血が吸いたいという感情に振り回される。それは確かに二人の種族の違いから来ているものではあるのですが、でも決して特別なものではない。この世界には当たり前に二つの種族が居て、当たり前に暮らしていて、だからたまには、当たり前の恋をすることもある。作中でも吸血鬼と人間のハーフが普通に存在することは語られて、だからこれは種族の壁を前にした悲恋の物語なんかではなくて、やっぱり普通の高校生男女の物語なのだと思います。
そうやって、ファンタジーの世界を当たり前として描くこと。そこにあるべき違いは描きながら、けれどそれを当たり前のこととして、その上で普通の恋愛を描くこと。これをさらっとやってしまっているというのがこの作品のすごいことで、石川博品は本当に馬鹿みたいに上手いのだなあと感じました。
そしてその普通の恋愛の部分がまた素晴らしかったです。いわゆるラノベ的なお約束ラブコメではなくて、どこか湿ったような匂いのするような、生身を感じる二人の物語。お互いを想っているのにすれ違って、お互いに対してすごく美化したイメージを持って、考えすぎて繊細で、歳相応に品がなくて、でも社会の色々なものにはとらわれない。狭いけど、自由。綺麗なだけじゃなくて、汚いわけでもなくて、そういう高校生の青い恋。昼と夜の壁が作る、ちょっとした非日常感。こんな青春知らないと思いつつも、これを青春と言わずして何が青春かと思うような恋愛小説でした。あと、キスしかしないのに、いちいちすごくえろいです、これ。
そんな感じの、人間と吸血鬼の高校生が恋をする物語。正直好みかと言えばそうではない作品だったのですが、もうそんなことはどうでもいいくらいの、絶品、だと思います。