後宮楽園球場 ハレムリーグ・ベースボール / 石川博品

後宮で野球をしていました。
全日本のプロ野球好きラノベ読みの期待を一身に背負ったか背負わないかで発刊されたこの作品ですが、いやしかしこれはなんというか、後宮で野球をしていた以外に表現のしようがない奇書でございまいした。思わずありのまま今起こったことを話すぜ……とポルナレフコピペをしそうな勢いで後宮で野球をしていました。いや本当に。
『ヴァンパイア・サマータイム』の時にも、この人は嘘をまるで当たり前のように描くことがとてもうまい作家なんだろうなあと思っていたのですが、その能力が『後宮楽園球場』という古い上にダジャレかという一発ネタにいかんなく注ぎ込まれるとどうなるのか。そこには野球で身を立てた人々の帝国が生まれ、その後宮では女たちによる野球のリーグが行われるようになるのです。しかも上部リーグから、3A、2A、1A相当まで組織だてられていて本当にもう。
設定的には日本と中央アジアのミックスっぽいのかと思っていたら、ファンタジーもSFもなんでもござれで、おおよそ滅茶苦茶なのに読んでいる限りは大白日帝国はしっかりした手触りを持ったものとして描かれる。主人公の海功が女装して後宮に忍び込み皇帝への復讐を狙うという物語も、後宮という女達の閉じられた楽園、匂いまでしてきそうな浴場描写にどっきりするようなイベントも、それはそれとして描かれて、その流れの上で彼女たちは野球にその全力を注ぎ込む。その中で彼に生まれてくる感情も、後宮の中での交流も、女御たちの皇帝の寵愛と試合での勝利を目指した争いも、ここはそういう国なのだと納得させられてしまうようなスムーズさ。混沌のはずなのに違和感ゼロ。嘘をまるで本当のことのように騙るのが小説家だとは分かっていても、ここまで流暢な法螺吹きはなかなかお目にかかれないと感心するばかりです。
というか、ネタバレなので一部伏せますが

○○○と○○○の下臈リーグ最終戦のすぐあと、○○○女房の○○が皇帝の閨に召され、新たに○○○更衣を名のることになった。後宮のしきたりで、新しい女御・更衣が誕生した場合、他の殿舎は、一定数の門外不出者<プロテクト>を除いて、請われるままに宮女を差し出さなくてはならない。

だとか、初回ペーパーの

野球と喧嘩は後宮の花、騒ぎが収まると何事もなかったかのように試合は再開された。

なんて、これだけ抜き出せばお前は何を言っているのかというようなものですが、作品のなかで読んでいるとまさにその通り、それが当たり前と思えてしまうのです。ここはそういう世界なのだと。天才か。
そんなとんでもないトンデモ作品なのですが、物語的な見どころとしてはやはり海功の復讐の行方……と思わせておいてこの子、状況に流されやすいわ情に脆いわひたすら野球馬鹿だわで、気がつけばすっかり後宮の暮らしに染まっていてあれ……? みたいな。あなた目の前の野球の試合にこだわったり、同じ殿舎の仲間たちとのチームワークを大事にしてたりしていいんだっけ……? で送り込んだ奴人選ミスってないかと心配になるような感じです。
でも、それくらいに後宮での暮らしは海功にとって意外なことばかりなのでしょう。その結果として、彼だけが特別でもない世界を前に野球に逃げているようにも見えます。ただ、目の前の華やかなる野球というものに仲間とともに一心に打ち込む姿は、それこそ先の保証など何もないドロドロとした感情の渦巻く後宮の見せる眩いばかりの光に重なるものもあると思えたりもするのです。
この作品がシリーズとして巻を重ねるなら、彼と彼女たちの行く末は是非見てみたいと思う一方で、海功=香燻という少年のあり方まで含めて、ある国のある時代の後宮という世界の様子を垣間見た本だとするならば、これはこれで終わっても良いのではないかとも思う一冊でした。
何にしてもとりあえず読んでみないとわからない小説なので、気になった人は是非手にとって見るといいと思います。私は好き。