盤上の夜 / 宮内悠介

盤上の夜 (創元SF文庫)

盤上の夜 (創元SF文庫)

囲碁、チェッカー、麻雀、チャトランガ、将棋。盤上で闘う5つのゲームを巡る6つの短編からなる作品、なのですが、単純にゲームそのものの中身を描いた作品や棋士の生き様を描いた作品ではなく、盤上から何か大きなものへとぶわっと広がっていくような一冊でした。本当に、読み終えて私は何かとんでもない小説を読んでしまったんじゃないかと、そんなふうに思います。デビュー作にして圧倒的な評価を受けているのも納得。
最初の方の短編で描かれているのは、囲碁という盤上のゲームからその極限たる抽象の地平へと手を掛ける棋士の姿であり、チェッカーというゲームにもたらされた「完全解」と無敗を誇ったプレイヤーの話であり、そこまではまだまだついていける範疇というか、なるほどそういう話なのかと思っていたのです。そしてお話として一番面白かったのは次の「清められた卓」。麻雀とシャーマニズム。麻雀だと思っていたその対局が、全く別の理屈というかルールの導入によって書き換えられ、そこからもう一度構築されていく戦略が非常に面白かったです。<都市のシャーマン>によって意味付けすら塗り替えられたその場で、本来ならばありえないはずの細い綱を渡り切る勝負師たちの姿に痺れます。
そこからの話は一気にブッダの時代と盤上ゲームの祖の生まれを描き、将棋と暴力の終焉とドロドロの愛憎関係を描き、そしてもう一度囲碁の話に戻ってくるという構成。それぞれのゲームとともに描かれていた概念が、たぶん一つにまとまって、このビジョンを見せているのだとは思いつつも、私の頭では追い切れない何かではありました。完全解、抽象と具象、歴史、人類、ゲームを殺すゲーム。
ここにある盤上の向こうに見える世界は、深く深く潜った先の極点ではなくて、もっと一般的で普遍的に広がる人を巡る何か、なのだと思います。言葉では語りきれないはずのそれを、極めて普通の人間であるジャーナリストの視点を介して、盤上の遊戯からシームレスに接続させたような感覚。決してそれを言葉で細かく説明することはせず、それぞれの短編が平易な文章と物語としても楽しめて、なおかつ全てが結ばれた時にここには書かれていないけれど確かに何かがあると確信させられるような一冊。読み終えて、どうしてこんなものが書けるのかと思うような、何だかとんでもない作品でした。私すごいの読んだぞ! よくわかんなかったけど! っていう。