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アリス・エクス・マキナ01 愚者たちのマドリガル / 伊吹契

アリス・エクス・マキナ 01 愚者たちのマドリガル (星海社FICTIONS)

アリス・エクス・マキナ 01 愚者たちのマドリガル (星海社FICTIONS)

高性能の少女型アンドロイド「アリス」。彼女たちが普及した時代に、彼女たちの人格プログラムの改修を行う調律師をしている冬治を中心とした、人間とアリスたちの物語。
世界観やアリスというものを紹介する意味もあるだろう導入のアリサの物語から始まって、物語が大きく動くのはかつて別れた幼なじみと瓜二つの容姿をしたカスタムアリスであるロザが工房を訪れた時から。指定のない調律依頼とともに、彼女は何故冬治の工房を訪れたのか。そして何故幼なじみであるあきらとそっくりの姿形をしているのか。
時折見せるロザの言動や行動を訝しんで、疑心暗鬼となっていく冬治。物語はロザの謎を軸としたミステリとして、またSFであり恋愛小説として描かれていきます。そしてついに明らかになる真実、他者との距離の取り方や斜めな見方から何を意固地になっているのだろうと思っていた冬治がそうなっていた理由、あきらの存在、ロザが託されていたもの。やるせなさを残して迎える結末はなるほど「愚者たちの抒情詩」と呼ばれるべきものなのだろう、と。
そんな風に、新人作品らしからぬ綺麗なまとまりを見せて単純に面白く切なく、大槍葦人のまさにぴったりというイラストでも描かれるアリスたちは可愛らしく美しくけれど哀しくて、少女と機巧人形というモチーフが好きなら間違いなく読んで面白い、という作品だと思うのです。
でもここで描かれるアリスたちは、そんなふうに、ああ良い作品だったと終わらせられる存在だとはとても思えなくて。


<以下少しネタバレを含みます>


冬治が最初に調律するアリサ。調律を受けた彼女は跳ね返りで手がかかりけれど優しい魅力的な少女となりますが、その過程で彼女がどんな性格をしていようとも、それはプログラムによって組まれた反応でしかないことが当たり前のこととして描かれます。対人好感度さえも彼女たちの持つパラメータにすぎないことも。そしてキリカという捨てられたアリスからは、どんなお題目があろうとアリスがセクサロイドとしての性格を間違いなくもったものであることも。
人格のように見えるプログラムを持った機械人形。ただそれであっても、彼女たちと接することで冬治には確実に影響がある。ロザの容姿に動揺して行動に疑念をつのらせ、アリサの無償の好意に救われて、キリカの身を案じて。それが、彼にしてみれば書きかえることすらできるソースコードの出力したものに過ぎなかったとしても。
長谷敏司BEATLESS』で、人と同じかたちをもったアンドロイドが人の心の脆弱性をつくことを「アナログハック」と呼んでいたのが記憶に新しいのですが、ここで起きているのはそういうことなのだと思います。特に終盤に明らかになる、娘の代わり、また妻の代わり、そして本人の代わりとしてすら存在しうるアリスというものは、まるで自分の手で自分自身をアナログハックしているかのようで。
基本的に冬治とあきら二人の物語であるこの作品は、アリスたちからの大きな影響を受けていて、冬治は最終的にアリスとは心であると言います。誰かの想いそのものが形となったもの、心そのものの外部委託先としてのアリス。ただそれは、誰かの想いを運ぶために人の姿をして人の言葉を喋る、彼女たち自身に心はないということと同義です。それはそうなのだろうとも思います。何かを間違えて、何かを失って、もう取り返しの付かないところから、すがるようにアリスに何かを託して、そしてアリスにハックされる、これは愚者たちの物語。
ならばこの物語を通して見てきた愛らしいこのアリスたちを、愚者にすらなれないこの子たちのことをどう思えば良いのかと、どこか特別に彼女たちを思ってしまった私は、放り出されたような気持ちになるのでした。読み終えて本を閉じて、表紙に描かれた彼女たちはやはり美しくて、尚更に。