ひとつ海のパラスアテナ / 鳩見すた

ひとつ海のパラスアテナ (電撃文庫)

ひとつ海のパラスアテナ (電撃文庫)

電撃の大賞は時々ライトノベル的な流行りをぶっちぎってくる事があるのですが、海洋冒険ファンタジーで少女主人公で百合ものという、これもまたずいぶんと流行からは外れたところできたなあという電撃小説大賞「大賞」受賞作。
ただ、それで電撃の大賞を取るからにはそれだけの説得力がある訳で、特に世界中が海に覆われた「アフター」の世界で、オモウムガエルのキーちゃん船長とたった二人でメッセンジャーの仕事をするアキが漂流する序盤の展開は真に迫ってくるものがありました。
食べ物がない、水がない、失われていく気力、見つからない希望。それでも生き続けようとする人の本能、かつて自らを犠牲にアキを救った父の「たくさん生きろ」という言葉。そしてキーちゃんとの別れ。極限状況の中で描かれるのは人が生きるということ。ファンタジー設定を交え適度に専門的な用語が出てくる船周りの説明や、このアフターという世界の生態系、そして自然の厳しさが、物語を地に足の着いたものにしていて、尚更追い詰められていく様とそれでも生き延びる強さが胸を打ちます。
そしてアキが出会うのはタカという少女一人を乗せて漂流する船。男の子と偽って生きてきた無垢なアキと、フッカーという水商売をして生き抜いてきたタカ。船を動かせるけど何も知らないアキと、何でも知っていてワガママで誇り高いタカ。この二人の少女の交流と漂流状態からの脱出が描かれていく中盤もまた良かったです。全く違うタイプの二人が惹かれていく、それもまた一人では生きることのできない人間が生きるということ。
終盤は今度は対シーロバーの海洋冒険アクションものに転ずるという、1巻で3種類のお話がつめ込まれたような一冊なのですが、この部分は面白いには面白いのですが、そこまでの対自然のご都合に流れない厳しさが、思いっきり甘い方向に流れてしまうのでちょっとなあという感じも。ラストにかけて明かされる真実も、それはどうなのよと思うところがあって後半に行くほど駆け足になる分量的な問題なのか、ちょっと雑さを感じます。
ただ、それを差し引いても前半から中盤の緊迫感や二人の関係はこれは凄いと思わせられるものがあって、粗いけれど光るという新人賞らしい作品なのかなと思いました。良かったです。