犬と魔法のファンタジー / 田中ロミオ

犬と魔法のファンタジー (ガガガ文庫)

犬と魔法のファンタジー (ガガガ文庫)

このタイトルでこの表紙から、魔法のあるファンタジー世界で犬と女の子が出てくるほっこりした話を期待した人たち、残念だったな!! と全力で殴りかかってくる異世界大学生就活自分探し系ファンタジー。要するに田中ロミオの青春小説ですよ! 青春小説!! 最初からそう言ったほうが売れるんじゃないかという疑問はとりあえずおいておいて、本当こういうの大好物です。
体がでかくて生真面目で不器用な主人公のチタンは、大手商会への内定を求めて就職活動に挑む大学生。剣も魔法もあるファンタジーながら、平和が続き社会制度が整い誰もが安定した生活を目指して大学〜就職コースを歩み、冒険者なんていう過去の職業ははみ出し者の生き方になった世界。エルフやドワーフのような長命種は大学に長くいるとかそういう細かい設定は多々ありつつも、これは要するにファンタジーの薄皮一枚被った今の日本の大学生の物語です。その辺りの上手い変換具合と流暢な騙りっぷりは流石の一言なのですが、それ以上にここに現れる青春模様の手触りのリアル感ったらもう。
意識高いサークル代表は自ら就職支援の照会を立ち上げ(ベンチャー)、自己啓発っぽい活動をする胡散臭いキャラながら、優秀なことは間違いないし悪いやつではなかったり。サークルの中でとにかくチヤホヤされるために男友達ばかりに囲まれる女(サークルの姫)が、実際にサークルにお忍びアイドルが入ってきてしまったがゆえに居場所を失ってはじき出されたり。まっとうな道を歩むことを選べなくて、冒険者として生きているいい歳こいたおっさん(サークルOB)が色々口だしてきたり。
そして何よりチタンが挑む就職活動。自分を盛って偽って嘘くさい自己アピールをしてそれでもお祈りされて理不尽なまでに否定される。自分が何をしたくって何故そこまで否定されているのかわからなくなって追いつめられていく感覚。チタンが要領の悪い、欲言えば誠実なキャラであるが故にとてもとても伝わってくるものがあって自分の就活をしていた頃のことを色々思いまします。
それぞれキャラとして立てるためのデフォルメはきいているけれど、ああ分かる凄く分かるとなるこの感じ。そしてそんな彼らが織りなす物語は、青春小説らしく、彼ら自身が何者なのか、何者になれるのかに向かっていきます。
そんな中でサークルに居場所を失った形のヨミカとチタンの関係がすごく好き。媚びてもなびかないチタンにはストレートにあたってくるヨミカと、それを嫌がり避けながらも要領悪く真正面から受け止めてしまうチタン。二人の半端者、はみ出し者が、お互い憎しと思いながら、シロという拾ってきた犬を助けるために協力する形になるこの流れが、とても好きなパターンで。そして明らかになる彼女の秘密、ねじれたコンプレックスと行動の理由、傷だらけになることも分かっていて踏み出した勇気。チタンが知らなかったが故に踏み抜いたヨミカの地雷のシーンとか、ゾクッとするものがありました。
そしてそんな彼女との交流があったから、最後まで迷っていたチタンも踏み出すことができたのでしょう。終盤は、あとがきで作者がなんで完成したか分からないと言っているのが分かるような、とにかく抑える点だけ書きました的ダイジェスト展開で、今まで描いてきた要素が一本にまとまっていくこれだけ盛り上がる流れならもっと面白くなっただろうにという気持ちはあるのですが、それでもだからこそのダイレクトな叫びみたいなものを感じます。
邪推ではありますが、冒険者でしかあり得ない自分を認めて歩み出すチタンの姿に、作家という保障のない道を行く作者の想いが重なってくるような、彼の言葉にアウトサイダーたる挟持を見るような気持ちになりました。そして、だからこれは何が描かれているのかがあからさまに分かるにもかかわらず、あくまでもファンタジー世界で冒険者になる青年の物語として語られる、そういう距離感をもって作られた作品なのじゃないかなと。
そんな感じで色々思うところはありつつも、『AURA』しかり、田中ロミオ作品のキャラクターたちの持つ手触りみたいなものが、やっぱり私は好きなのだと改めて思った一冊。とても良かったです。好き。