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宮野真守 LIVE TOUR 2015-2016 〜GENERATING!〜 1/31@武道館

感想 ライブ/イベント

アニサマとかではこれまでもちょくちょく見てきたこの人を、ちょっと凄いんじゃないの? と思ったのはまとまった曲数のパフォーマンスをしていた去年のロデオフェスで、その時に感じたのはステージ上でのパフォーマンスの素晴らしさだったのですが、もちろんそれは踏まえた上でやっぱり単独ライブになると違う景色が見えてくるのだなと思った初マモライでした。
『FRONTIER』というアルバムが宮野真守の最前線として制作されたのと同時に、アーティストとしての男性声優の最前線もここにあるはずで、それが一度見てみたかったというのもライブに足を運んだ理由でした。そして確かに、役者としての声優がライブをするということの一つの答えを見たなあと。
スタイルが良くて声が甘くて動きも見栄えがして、かっこいいのだけどどこか隙がある人懐っこさもあって、それはもちろんこの人の魅力だと思います。歌もダンスもそのパフォーマンスももちろん。ただ、何が凄かったと言えば、あのステージ上には最高の宮野真守が表現されていたことだと思いました。本人の歌もダンスもチームマモの演奏もダンスも、照明含めた演出も全てはそのために。あのステージの上に最高の「宮野真守」を表現するために。
ライブを見ていて、感極まる姿も、素の言葉漏れるところも、正直どんなに本音の宮野真守がステージ上にあっても、どこまでが本当なのだかわからなくなる瞬間がありました。でも、きっとどこまでが本当でどこまでが演出されたものかなんて関係ないのです。あの夜、あの場所で表現されたものは、完成されたパフォーマンスも滲むような弱音も全てひっくるめて宮野真守という一つの作品だった。だからあれは、歌手としてのステージであると同時に、役者としてのステージなのだなと。宮野真守役の宮野真守さん完璧だったなと。
ライブって歌と演奏で勝負するものという考えはもちろんあって、それは同じ週に本当にシンプルにそこで勝負するUNISON SQUARE GARDENを見てきたから余計にコントラストが際立ったようにも感じたのです。ただ、観終えてしばらく考えてみると、なんというか、同じ時間と場所を表現者と観客が共有するという意味において、それって違いですら無いんだなあと思います。
その時に、その場所に何を表現できるのか、武器は歌だって踊りだっていい。演劇もミュージカルもお笑いのライブも、なんだったらフィギュアスケートだってプロレスだって同じ。私が好きで追いかけているのはそういうものなのだろうと思い至った、それくらいステージ上の宮野真守にはインパクトがあったライブでした。
ちなみにこの人、俺についてこい的な格好良さじゃなくて、格好いいところも見せつつかまってあげたくなるタイプの人たらし系なのだなあと。いやこれは女性人気出るわと思いました。というか男でもキャーキャー言うわ。凄かった。