ユートロニカのこちら側 / 小川哲

 

ユートロニカのこちら側 (ハヤカワ文庫JA)

ユートロニカのこちら側 (ハヤカワ文庫JA)

 

 自らの情報を全て開示することで、労働から解放され、安全で豊かな生活が保証される実験都市アガスティアリゾート。その理想郷が人々に社会に何をもたらすのかを、その在り方に自分自身を投げ出せなかった人たちの視点から描いた短編集。

ジャンル的には情報管理社会のディストピアものに当たるのだと思って、考えることをやめられなかった人たちが、理想郷として立ち上がる社会の在り方を前に悩み、苦しみ、行動を起こし、あるいは起こせないという姿を描いているのですが、このアガスティアリゾートが果たしてディストピアなのか、読み進めるほどにわからなくなってくる小説でもあります。

常に行われる監視。情報を管理するシステムによる犯罪予測を根拠にした逮捕。情報等級によるランク付け。サーヴァントが推薦する選択肢に従うだけの生活。それが、人類が一体何を機械にアウトソースした結果なのか。情報の処理を外部化して、意思すらも機械に代替させるでより効率的に豊かで安全な生活が得られるならば、それは単純作業をオートメーション化することと何が違うのか。

人が人である所以を自由意思に求めた時、それを外部化した時に残ったものは果たして人なのか、そもそも自由とは一体何なのか。物語として面白いかというと盛り上がりに欠ける感は否めないのですが、今と地続きにあると感じさせる世界に生きる人々の姿に、そんなことを考えさせられる一冊でした。