武道館 / 朝井リョウ

 

武道館 (文春文庫)

武道館 (文春文庫)

 

今、アイドルって言われると何を思い出すだろうと考えてみると、10代の女の子たちが数人でグループになって、歌って、踊って、ライブをしたり、CD封入券で握手会をしたり。更にはバラエティに出たり、俳優に挑戦したり、太っただ何だで叩かれたり、ネットでプチ炎上したり、恋愛でフライデーされたり、卒業したり、解散したり。

アイドルってそういうものだし、そうなんだろうというイメージがあって、この作品はそういうまさに今のアイドルを扱ったものです。NEXT YOUというグループのメンバーを中心にしながら、ネットでの炎上とか、TOの居る現場の様子とかまで含めてそのままに描くような、もう全部入りっていう感じの。でも、アイドルってこういうものだよねという、決まった枠で理解したつもりになって納得して終わり、という訳では無いのが、この小説の凄いところかなと思います。

「アイドル」というイメージというか、今の時代に皆がそう思っているフレームがあって、その中に女の子たちが居て、それを推すファンたちが居る、ちょっとでもズレたらもうお互いに興味すら無くすような構造の中で、重なったその刹那にアイドルって呼ばれるものが浮かび上がるような。それは強固な概念のようで、決してそうじゃない。だってその中にいるのは人間で、10代の大きく変わっていく時間を駆け抜けたる少女たちな訳で。

これは、そこで何かを言われ、誰かに見られ、何かを夢見て、何かを選んでいった、その全てを、一人一人が何を考え、感じて、どう進んでいったのかをそのまま描こうとした作品なのだと思いました。リーダビリティの高さと、心理描写の上手さから本当に生っぽくて、でもわざとらしくない線で、「アイドル」としての当たり前ではなくて、移ろい変わっていく人としての当たり前を重ねていった時に、そこにアイドルという枠組みがあったら、どうなるのか、みたいな。だからもう、読み終えて「せやな」としか言いようがないというか。

彼女たち一人一人が選んでいったものに、何が正しいとか正しくないとか、そういうことを言うのではなく、ただそうあるものとして描く。今ある枠組みすら、変わっていくものの一つでしかないから。そしてその選択だけが、正しかったことにできる未来へと繋がっていくから。

それと同時に、読者はそこにいくらでも物語を見出すことができるし、怒ることもできるし、それでいいって思うこともできる。誰の選択こそが正しいんだと言うこともできるし、それは欺瞞だと誰かを断罪することだって、やろうと思えばできる。なんだかこれは、読者がアイドルに求めているものを映し出す鏡なのかなと思います。あるがままを、材料のまま提示された時に、あなたはどう感じますか? と問われているみたいな。

そう思うと、つんく♂があとがきで、ファンにとってのアイドルを「自分の代弁者。なれなかった自分の成り代わり」と言っているのが重いなあと。