86 ―エイティシックス― Ep.5 死よ、驕るなかれ / 安里アサト

 

 第八十六機動打撃群の次の戦場は北方戦線での連合王国との共同戦線。極寒の国でのレギオンとの激しい闘いの中でも、この作品が彼らに突きつけ続けるのは生きるということなのだなと思う第5巻でした。

戦場で失われる命も、向けられる差別も、どんな不条理も理不尽も、仕方ないと割り切ってしまえば楽になれるその全てを捨てられず、抱えたまま極限の環境でもがく少年少女たちの物語。割り切っているように見えるシンだって、それは割り切りなんかじゃなく、忘れたくて封じ込めているだけで。それを突きつける存在が、連合王国の王子、ヴィーカが死者の脳を複製して作り出した人形であるシリンの存在だというのがまた、こう、容赦のない物語だと思いました。

薄い装甲のアルカノストを狩って、誰かのために闘い死ぬことのみを存在意義とする、意思を持った人形であるシリンたち。もう選べない死者である彼女たちの姿に、その言葉に、生きながら闘い続けることを選んだエイティシックスたちの抱える歪みが浮かび上がり、それを指揮し、使い潰し、屍の王と呼ばれるヴィーカの抱える異様さに、多くのエイティシックスたちの死の上を歩み、尚も理想を掲げ続けるレーナの異様さも対比されるような。

状況が状況だけに誰も彼も十字架を背負いすぎだとは思うのですが、少年少女たちの物語だからこそ、そんなに簡単には整理できず、それぞれが、時にお互いが真正面からぶつかるその葛藤と闘いに逃げ道がないことが、この作品の魅力でもあるのだなと思いました。

キャラクター的にはヴィーカとレルヒェの関係が好きです。取り返しがつかなくなった後の、シリンは彼女ではないと誰よりわかっている上での、執着。もう選べないものがあって、まだ守りたい約束がある、その欺瞞と切実さは、彼の異能が導いてしまった地獄であっても、どこか美しさを感じるものだと思います。