【小説感想】グラン・ヴァカンス 廃園の天使Ⅰ / 飛浩隆

 

グラン・ヴァカンス 廃園の天使?

グラン・ヴァカンス 廃園の天使?

 

 大途絶から1000年の間、取り残されたAIたちが日々を繰り返し続けている、仮想リゾート<数値海岸>の南欧の港町をモデルにした<夏の区界>。ゲストと呼ばれる外からの人間が訪れなくなっても、永遠に続いくかと思われたその区界は、突如訪れた<蜘蛛>の大群によって全てが無に返されていきます。生き残ったAIたちは鉱泉ホテルに立てこもり、罠のネットワークを構築して徹底抗戦を試みますが、というお話で間違いはないのですが、このあらすじから感じるアクション大作的な印象とは、だいぶ違うものを感じる作品でした。

区界のAIたちは自分たちがAIであることも、1000年成長もなく繰り返す毎日のことも理解しています。自分たちAIがこの区界でどのような役割を持って、ゲストたちが現実には満たせないどんな欲望をここに叩きつけていたのかもよくよく知っていますし、自分たちの思い出が一定地点からは作られたものであることも、街の大きな歴史も設定に過ぎないこともみんなわかっています。それでも、人間の世界から切り離されてなお、当たり前のように、それはそう作られたのだからそれこそ当たり前なのですが、暮らし続けている様子と、それを小説という形で見ていることへの奇妙な感覚。そして、人が不在の世界で、人が作った趣味の悪い設定から、AIたちの人間らしさが立ち上がっていることが、不思議な手触りを残します。

そして、そこで起きるのはあまりにも不条理な破壊と苦痛。<蜘蛛>と彼らの王と呼ばれる存在の持つ圧倒的な力に蹂躙されていく理不尽さ。そして徹底的に純化された官能と美しさ。次から次へと想像もつかないイメージが立ち上がっていきながら、書かれてきたものからの展開としては一分の隙もないくらい整合が取れているこの感じ。

あまりにも精巧に作られた模型を眺めていたら、気づけば内側から引き込まれて気が狂っていくような感覚に、読み進めるに連れて襲われる一冊。あとがき(ノート)に作者が書いている「清新であること、残酷であること、美しくあること」を、ただ一人の人間が関わることのない仮想空間での出来事を覗き見るという趣向で味わうような小説でした。