【小説感想】HELLO WORLD / 野崎まど

HELLO WORLD (集英社文庫)

HELLO WORLD (集英社文庫)

 

 また何と言えばいいか困る作品を送り出してきたな野崎まど!

「君の名は」以来アニメ映画では青春+SFが大流行中で、この作品も恋愛青春SFと銘打たれたアニメ映画原作の書下ろし長編となります。読んでも確かに、間違っていないのです。何も、間違っては、いない。

ストーリーは、何事にも一歩を踏み出せずにいた少年の前に、10年後の自分を名乗る青年が現れ、自分に恋人ができて、そして失うということを告げられることで動き出します。彼は未来の自分を先生と呼び、アドバイスを受けながらクラスメイトの女の子と距離を近づけるうちに惹かれていき、やがて襲いくる運命から何とか彼女を守ろうと、幸せになってもらいたいと行動をする。しかし、訪れた運命の日、事態は思いもよらない方向に動いていき……という感じ。

好きな女の子のために男の子が頑張るボーイミーツガールで、物語はSF的なスケール感を持っていて、舞台となる京都の街並みは絵的にも映えそう。まさしく今流行りの青春SFアニメ映画の要件に忠実で、発注に対して正しい納品と言えるもの。こちらとしては、野崎まど作品なので、いつ来るどこで来るとカタストロフと大転換に身構えていたのですが、最後まで頑張る少年少女の物語で幸せな結末を迎えます。

まあ、一応ね、ミクロな視点ではね。

そんな訳で以下ネタバレあり。

 

 

 

 

 

 

 

いや本当に、ミクロな視点ではそうなんですよ。直実からすれば、世界を揺るがす大冒険の果てに、最愛の彼女を取り戻すというハッピーエンド。ひと夏の不思議な経験。まさに青春。瑠璃のちょっと変わった性格も魅力的だし、うじうじしていた直実が彼女のためにと勇気を出して行動する展開はまさに王道! という感じですし。

じゃあ何が問題かといえば、この作品、ずっとマクロの視点ではぜんぜん違う色合いの事が起きています。野崎まど作品によくある、これまで積み上げてきたものを大崩壊させて別の仕掛けが姿を見せるやつ、あれが最初から最後までミクロとマクロのパラレルで走り続けるという、少し変わった見せ方をする作品になっているのだと思います。

京都をまるごと完全に記録する量子記録装置「アルタラ」。そこには京都の全てが記録されている。もちろん、直実も、瑠璃も、彼女を襲った落雷事故も。10年後の直実はこのアルタラにダイブしてきた現代の直実であり、目的は目覚めない瑠璃の精神データを望ましい形で抽出し、彼女を目覚めさせること。だから、記録の中の直実を誘導し、そして彼の物語自体に興味はない。それは改竄するための記録、あくまでも現実ではないものだから。

そうして2人の物語は交わり、記録の直実にとっての大冒険と、現代の直実にとっては侵食される現実の先で迎えるオチ。いや、そんな気はしてましたけど。記録の中で生きる人間にとって、それが記録であるか認識することは不可能だと、最初に直実が直実に言っていたのだから。加えて言えばラストの彼女もまた、更に上位から誘導、改変された記録の京都の一部な可能性もある訳で、そうなると無限の入れ子構造であることを、肯定も否定もできないんですよね。この作品はある視点からの切り取りになっているけれど、起点も終点も一切確定できない。それはもう、足場が崩れたどころの騒ぎじゃなくて。

上位存在による介入、操りの問題。これまでも野崎まどの書いてきたテーマが表向きの青春恋愛物語の裏側に蠢くことで、現実という特権的な価値さえも無効化されるのか、あるいはどこであれそこにある感情には価値があるのか。見せられてきたものの意味を問われた気分になる、そんな作品でした。帯には「セカイがひっくり返る」とありますが、どちらかと言えば、底が抜けているんじゃないでしょうか、これ。