【小説感想】どうかこの声が、あなたに届きますように / 浅葉なつ

 

 ある事情から身体と心に傷を追って引退し、人前で顔を出すことができなくなった元地下アイドルの小松奈々子。ようやく外に出られるようになって、祖母のもとでバイトをして暮らしていた彼女に訪れた突然のスカウト。それは、ラジオ局のディレクター黒木からの、番組アシスタントオーディションへの誘いだった。

挫折からの再生を仕事に絡めて描く物語であり、ある意味ではシンデレラストーリーです。けれど、追い詰められて黒木に啖呵を切って出た初回の放送で伝説を残し、小松夏海として一歩踏み出した彼女であっても、生まれ変わる事も昔の彼女に戻ることもなく、傷は傷として抱えたままに歩んでいくのがすごく良いなと思います。そして、そんな彼女だからこそ、言葉が届く人たちが、電波の向こう側にいる。

自信を持てず、自分が出せずに悩んでいた彼女がブレイクしたのは、リスナーの悩みに対してとにかく褒めるというコーナー。でもそれが響いたのは、褒められたくて何が悪いんだ! 承認欲求の何がいけないんだ!! と吠える彼女だから。認められたくて、褒めてほしくて、それが得られなかった彼女の魂の叫びは、彼女だからこそ、確かにリスナーに届いた。

そう思うと、ラジオというのは、顔が見えないままに不特定多数に語りかける不思議なメディアだと思います。そしてその声が、聞いていた誰かの心を動かすことがあり、人生を変えることさえある。それをこの作品は、作り手とリスナーの両方の視点から描いていきます。斜陽産業とも言われるラジオへの、黒木を始めとした作中の人物たちの愛と挟持。夏海の声をラジオから聞いた、年齢も性別もバラバラの人々。読んでいると、ラジオって素敵なものだな、この人たちが人生を賭けるだけの価値のあり、この人たちの人生を変えるだけの力があるものなんだと思えるのが、お仕事小説としてとても良いです。

終盤、ある出来事から夏海の心の傷は開いて、彼女は再び折れてしまいます。けれどそうなった時に彼女を支えたのは、彼女と共に番組を作ってきたスタッフであったり、かつて彼女の声を聞いていた人々との縁だったり、そして、いつか彼女が言葉を届けたリスナーからの手紙であったりします。それは都合の良い、ロマンチックすぎる話かもしれないけれど、夏海が積み重ねてきたものの証左に違いなくて、傷を抱えたまま彼女が必死でやってきたことは無駄ではなかったのだと思わせてくれて。そうして過去を振り切り、自分の足で再び歩みだす姿は、泣けるものがありました。そしてラストシーン、このタイトル。もうこれしかないっていう。

ラジオへの愛とそこに生きる人たちの姿を描く、素敵なお話でした。そして何より、この作品の魅力は、彼女の声がリスナーに届くことの説得力は、そのキャラクターにこそあるのだと強く思います。小松夏海、あなたの生き様は格好良いよ。