【マンガ感想】THE IDOLM@STER CINDERELLA GIRLS U149 6 / バンダイナムコエンターテインメント・廾之

 

 毎回原作キャラクターの描き方が丁寧で愛のある漫画だと思うのですが、この間に収録される櫻井桃華の回と古賀小春の回はその中でも出色だったと思います。特に小春回は素晴らしかった。

大人びていて品のある桃華というキャラクターの、年相応な姿。それを出演したバラエティ番組から求められる「子供らしさ」ではなく、櫻井桃華のありのままと上品さを、アイドルとしての姿を通して見せるのが良かったです。③のラストの「あぁ、怖かった!」の笑顔とそこに繋がる流れが完璧。あと、ももぺあべりーの3人のライバル感というか、見た目に似合わないバチバチした感じが大変好みです。

それから、バラエティ番組で輝く幸子先輩、ボクはカワイイに込められた自信と自負、そしてプロ意識が本当にかっこいいなと思いました。

小春は喋りも性格もふわっとしていて、お姫様に憧れる要素とイグアナのヒョウくんを連れているギャップが印象に残るキャラクターなのですが、正直担当外であまり良く知っているわけではありませんでした。なので、仕事を通して見えてくる動物全般への愛と、おっとりしているようで前向きで芯の強さがある魅力に、ああこういう子なんだなと思った話でもあり。そしてこの話、先輩アイドルとしてのみくからの小春とプロデューサーへのある指摘が鋭くて、そこをなあなあにしないのだなという真摯さを感じたのと、それを受けて一歩を踏み出す小春の描写が大変良かったと思います。

ストーリー上で無理に刺激的な展開を作る訳ではなく、あくまでもアイドルとしての仕事の中でこれだけキャラクターの掘り下げをして、その魅力を見せてくれるのだから、本当に作品ファン冥利に尽きるシリーズです。

 

作品とは関係ない話ですが、紙媒体が一般流通に乗らなくなって電子版も版元が変わるならもうちょっと周知のしようがあったんじゃないかと、サイコミには思うところが。素敵なコミカライズなので、本屋に並ばなかったせいで続刊が出たことに気付かれない、なんてことがなければ良いなと思います。

【小説感想】タイタン / 野崎まど

 

タイタン

タイタン

  • 作者:野崎 まど
  • 発売日: 2020/04/22
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 AI「タイタン」により人類が仕事から解放された未来、臨床心理学を趣味としていた女性のもとに、ある仕事の依頼がきます。その仕事は、機能不全に陥ったタイタンのカウンセリングで……という導入から始まる物語。

超高度AIに設けられた対人コミュニケーション用のインタフェースと人間の対話、しかも不調に陥ったそれをカウンセリングするためのという時点でなかなか飛ばしていますが、そこは野崎まど、それで終わるはずはなく、読み進めるほどに斜め上の展開が待っています。でもこの小説、振り落とされるような斜め上でも、お得意のカタストロフでもなく、次々に予想外の要素を取り込みながら積み上がっていくのです。仕事無き世界で仕事を問う物語、そしてその仕事を引き受けるAIとの対話というテーマは確固としてブレずに、予想を超える展開が滑らかにスピーディーに広がって、様々なモチーフが積み重なり、神話的スケールのエンターテインメントになる。

仕事とは何かを問うみたいに掲げられると小難しさを感じるかもしれませんが、とにかく読んでいるその時が一番面白いエンタメ小説でもあります。野崎まどは読者を手球に取るというか、斜め上のホラ話を自在に展開していくことに長けた作家だと思っているのですが、まさに真っ向勝負でその真骨頂を見せつけるような物語でした。本当に、もの凄く面白かったです。

あとは何を語ってもネタバレというか、これは体験してほしい物語だと思うのですが、一つだけ主張しておきたいこととしては、世界規模のおねショタ小説だったなということ。いや、大変素晴らしい、彼女と彼の物語でした。

 

そして以下はネタバレありで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

AIの話だと思って読むと色々「?」なことが多いのですが、これ、AIの話じゃないですよね。タイタンAIって何かというのが最初の種明かしで、それは人間を処理能力を上げるためにサイズと材質から強化したものだと明確に示されている。だから当たり前のように身体があって歩きだして、突然おねショタ世界旅行記になる訳ですが。

いやほんと内匠さんに懐いてるコイオスくんめっちゃ可愛いんですよね……。世界数十億人の命運がかかっている中で一緒に慣れない料理して、相手の作ったものの方が美味しいとか言い合ってるんじゃないよ……いいぞもっとやれ。

それはさておき、人が生み出したのは、人より優れた人で、それに古の巨神の名前が与えられる。そうして人類は神様を生み出して、仕事を委ねて旧人類となった。その巨神がどうして能力を落としているのか、それを巨神に自我を生み出し育てながら、臨床心理学の観点からどうにかしようとした物語でした。ですが、結局巨神たちの問題解決は巨神たちにしかできないからフェーベとの接触が必要だったし、その原因はまさしく働く人類らしいものであっても、旧人類には思いつかないもの。

けれど、内匠さんが自我としてはまだ幼いコイオスと積み重ねていったものは、決して無駄では無かった。コミュニケーションにより2人の間には特別な関係が築かれて、お互いが影響し合ったからこそ、この物語の結末はある。そして、そうして影響を与え、その影響を確かめることを、この物語は「仕事」であると定義します。

果たして、旧人類は神々の仕事のおこぼれを預かって安穏と暮らす存在になったのかもしれません。それでも、神との対話は、その仕事はしっかりと歴史に刻まれた。近未来を起点に仕事とは何かを問い続けた物語は、最終的にこの世界の神話を描く。そういう一冊だったと思います。

【小説感想】恋に至る病 / 斜線堂有紀

 

恋に至る病 (メディアワークス文庫)

恋に至る病 (メディアワークス文庫)

 

 ネットを通じて指示を送る、そんな単純な仕組みから150人以上の被害者を生み出した自殺教唆ゲーム「青い蝶(ブルーモルフォ)」。その主催者であった寄河景のことを誰よりも近くで見てきた宮嶺望が語る、彼女との日々の物語。

小学生の頃から図抜けたカリスマ性を持ち、クラスを掌握、誘導して一つにすることに長けていた少女は、クラスメイトの少年を襲った出来事から、そのカリスマ性をある方向に向けて、やがて自殺教唆ゲームの主催者となっていきます。

どんな時も彼女のヒーローであると誓った少年が、小学校時代から中学、高校時代と彼女の一番近くで見続けたもの。いつしか生まれていた共犯者であり恋人でもある関係に絡め取られ、次第にエスカレートしていくブルーモルフォにモラルと愛情の間で苦しみ、それでも彼女を守ると決めた彼らが至った結末。

次第に狂っていくもの、あるいは初めから狂っていたものを、冷静に、理性的に積み上げていく作風は作者らしく、読んでいてると底なし沼に沈むような感覚があって怖いくらいです。というか、寄河景はもうほとんどホラーといってもいい領域にあるというか、その存在そのものが持つ引力には、ぞっとするものがあります。

宮嶺の言葉で語られる出来事、そして景との関係は、それを追いかけるだけでも否が応でも引き込まれるものがある物語なのですが、ただこれ、本題はそこではなく、まさにその寄河景が何だったかというもの。衝撃的な結末が突きつけてくる、貴方なりに寄河景を解釈しろという命題に対して、どう向き合うかを問われる一冊でした。

いや本当に凄い小説だったので、あらすじを読んでそういう話が好きだと思った人は、この答えの無い命題を突きつけられてみると良いと思います。

 

ということで、以下はネタバレあり。

 

 

 

 

 

 

この小説、寄河景の発言や行動が誰かを誘導するためのものなのか、それとも本心からのものなのか、宮嶺の視点から描かれるこの小説では一切分からないというのが、大きなポイントなのだと思います。

彼女には間違いなく人を操る力があったけれど、その操りの射程がわからない。特に一番近くでそのターゲットになっていたはずの宮嶺が、どこまで操られていたのか、どこからが景にとっても想定外の行動になっていたのか、それがわからない。

それ故にこの物語は解釈の余地を多分に残しています。

誰一人として愛さなかった化物か、ただ一人だけは愛した化物かの物語であり、寄河景という人間そのものを謎としたミステリーです。

本当にこのあとがき通りで、幼少期から見ていても景には謎が残る。というよりも、鍵になるような情報は確かに景から発せられるのだけれど、それを事実として出てくる出来事と合わせた時に、どうに解釈しても成立するのです。

例えば、始まりに当たる小学生時代の大きな事件は、女の子と凧の事件と宮嶺へのいじめの2つ。これをスケープゴートを探していた景が仕組んで宮嶺がハマったものだとしても、凧の事件で宮嶺を特別に想った景がいじめを誘導して最終的に共犯者になることで罪悪感で絡め取ったとしても、純粋にいじめに憤慨した景が宮嶺のためにその能力を暴走させていったと考えても、それなりに筋は通ります。後半での告発への回答だって、それ自体が宮嶺への次の誘導かもしれなくて、真実かどうかなんて分からない。中盤の共犯関係、肉体関係、弱みに依存とあらゆる手で宮嶺を絡めとっていく景のあり方も、その動機がどちらであっても成立します。

そして、宮嶺の疑惑が景に向いてからの終盤、これは解釈によっていくらでも違う物語が浮かび上がる底なし沼のようなもの。寄河景というブラックボックスとオープンエンドの結末によって、一冊の中で異なる回答が成立しているのが凄いと思いました。もしかすると読み込めば正解があるのかもしれないですが、私としては解釈に幅があることが魅力に感じます。

 

その解釈の中でも、景を庇おうとした宮嶺に入見が突きつけた、スケープゴート説はきっと模範解答です。善く真っ当な解であり、その線で最初から読んでいっても、寄河景ならありえなくはないと思えてしまう。最後の消しゴムだって、宮嶺に景の好意を信じさせるためのものに過ぎなかったかもしれないし、実際それは効果を見せている訳で。

ただ個人的にはやっぱり、寄河景の中に、宮嶺望への特別な感情はあったし、それが故に至ったのがこの結末だと思います。

という訳でここからは私の解釈を。

 

最初に出会った通学路の場面で宮嶺から特別な呼び方をされることさえ拒んだ景は、凧の事件の後、明らかに宮嶺を特別な存在として扱い出します。(この事件を自分が引き起こしたと言っていることは、化物としての景を印象づけるためのブラフかなという気がします。殺人鬼であることと、可愛そうな少女を助けることは、人を誘導するという観点に置いてたぶん両立する)

そしてその後の二人の共依存めいた関係は、やっぱり景に本心から宮嶺への「特別」がなければ生まれないのではないかと思います。もちろんそれをスケープゴートのためにできてしまうのが景というのも分かりますが、消しゴムも恋のおまじないだったと思いたいところはあるというか、その方が関係性として美味しいというか。

そこからの根津原によるいじめ、最初の事件、ブルーモルフォの誕生という流れ。このいじめが景のコントロール下にあったにしても、無かったとしても、その状況を使って罪悪感と愛情で宮嶺を縛り上げていく手管は、寄河景のヤバさを象徴するものがあります。もちろん、その動機が宮嶺のためであれ、快楽のためであれ、人を誘導して死に追いやっていく行為自体も。

他人に方向性をつけることに快楽を得るタイプの人間が、こうして誘導を死の方向に偏らせていったのは、宮嶺へのいじめに見た人の流されやすさへの怒りは確かにあったのかなとは思います。まあ、それが景自身による誘導で起きたことだとしても、この怒りは成立するからなんともなのですが。ただ、流される他人への怒りと、自分が人を流せることが両立するのは、それはなんというか、地獄めいているよなと。

そして、徐々にブルーモルフォの情報を開示しつつ、弱みも見せて宮嶺が離れていかないように絡め取っていたところから、自身を化物だと認識させる方向に景が舵を切ったタイミングは、ブルーモルフォの終着点にまつわる会話の部分なのかなと。死後の世界について景が信じると言った時に、きっとまたそこで会おうと景が返したところ、それがターニングポイントだったように感じます。ブルーモルフォの真実を知るごとに、ブルーモルフォ無しの未来を語るようになった宮嶺をこのまま引き止め続けられない。けれどブルーモルフォ=自分自身になっていた景はもう引き返せないとなった時に、最終地点が定まったのではないかと。

そこからの展開は、要するに宮嶺を試し続けた上での心中なんじゃないかなと思いました。追い詰めて、告発されて、ブルーモルフォを燃やさせて、その上で最後に突きつけた選択。確認したかったのは、化物になった寄河景であっても、宮嶺望はヒーローでいてくれるのか。自分の特別な人は、自分のためにどこまでやってくれるのか。そして宮嶺は景の味方であることを選んだから、「やっぱりそうか」であり「ブルーモルフォは完璧だった」なのだろうと。

ただ、宮嶺望が寄河景の操りによって最後まで寄河景のヒーローで有り続けた可能性は、たとえここまでやったとしても消えないのだから、どの道、宮嶺望を愛した寄河景という存在は行き止まりだったのかもしれないなと、そういうふうにも思います。だからこそ、こういう結末にしか到れなかったんだろうとも。

 

ともあれ、寄河景は地獄に落ちて、宮嶺望もまた地獄に落ちることを選んだ。宮嶺望は寄河景のヒーローであり続け、寄河景という化物は唯一宮嶺望だけを愛し続けた。

これはそうして地獄に落ちていくことを選んだ者たちの物語であったのだろうと思いました。

【小説感想】ツインスター・サイクロン・ランナウェイ / 小川一水

 

「テラさんが助かるかもしれないのに、怖いなんて一ミリも思わないです」

当代切ってのSF作家が送り出す、ハイスピード宇宙漁業百合SFエンタメ。少し昔のめちゃくちゃ出来の良いSFアニメ映画を見たような爽快感のある、最高に面白い一冊でした。

もうキャラが良くて設定が良くてお話が良くて、そりゃあ満点ですねという感じです。綺麗にまとまったお話は個人的に物足りなく思うことが多いのですが、まとまりながら全方向にハイレベルだともう流石としか。

まず主役の2人のキャラクターが良いです。他の氏族から単身やってきた強気で勝ち気で小柄なダイオードと、お見合いに失敗してばかりだった空想しがちでおっとりした大女テラ。2人の出会いから物語は始まるのですが、とにかく掛け合いのテンポが良いです。ダイオードが丁寧語のようでスラング混じりになるのも好き。そしてこのダイオード、物怖じせず切ってみせる啖呵とは裏腹に脆いところがあって、それがどこか図太さのあるテラと相性抜群。2人とも普通には認めてもらえない特殊な才能があって、命をかけた漁に2人で出る中、お互いを補い合える、まさに運命共同体となっていくのがとても良かったです。それでいて、ダイオードには不安と引け目があり、テラは自分自身を縛るものを分かってなくて、お互いの本心は隠していたり見えていなかったり。それがクライマックスで危機の中でようやく通じ合うのが最高ですし、自由を目指して外へと飛んでいく物語の方向に、最後ぴたりとはまるのが素晴らしかったです。

そして設定も、巨大ガス惑星での宇宙漁業って何? とまず思うのですが、濃いガスの中を周遊する魚のような物を、精神感応で形を変える巨大な粘土の船に乗って、網を広げるデコンパと舵を握るツイスタのペアで捕らえる宇宙漁業が、読むほど魅力的に思えてきます。そして、そうやって暮らしている辺境惑星にたどり着いた周回者(サークス)たちの暮らしと文化も活き活きと魅力的に書かれていて、この世界の生活と社会をしっかりと感じさせてくれるのが良かったです。

ストーリーは王道で、家父長制の辺境の船団の中でレズビアンカップルが自由を求めて闘う話。というよりも、色々なものを振り切って、2人がついにはそこにたどり着くという話です。そういう意味では最近の百合というよりは、少し昔の話という印象。漁は夫婦で行うものと定められた掟の中で、女2人のペアは当然に睨まれる訳ですが、実はサークスの初期にはという、原型となった「アステリウムに花束を」収録短編からの追加部分も物語にとてもハマっていました。

そして何が良かったってスピード感。とにかくわーっと喋る二人の掛け合いも、展開も激しい漁のシーンも、ものすごくスピード感があって、それでいて細かいところまで丁寧で綺麗に流れていくのが、読んでいてとても気持ち良かったです。この体感速度と、鮮明に映像で浮かぶキャラクターや情景は、アニメ映画にぴったりだなと。ニッチなテーマですが、きっと最高に面白くなるので、誰か映画化してくれないかなと、そんなことを思いました。傑作です。

【マンガ感想】イエスタデイをうたって afterword / 冬目景

 

イエスタデイをうたって afterword (ヤングジャンプコミックス)
 

 いったいなぜ今になってアニメ化?? と思っていたら、予想外に凄いクオリティのものをお出しされて、有り難やと拝む日々を送っております、イエスタデイをうたって

そんな訳でアニメ合わせで出た本書、原作はとっくに完結している訳で、インタビューや過去短編の再録が主な内容で有り合わせ感は否めないのですが、ここには後日譚が一本入っているのですね、リクオとハルの。

完全にファン向けサービスなその後の話なのですが、これがもう最高に良かったです。関係自体は変わっていっても、そこにある2人のあり方は確実にあの頃から地続きで変わっていなくて、こうして生きているんだなっていう塩梅が、冬目先生ありがとうございますという感じ。幸せそうにしていて本当に良かったし、きっともう見かけることもないだろうけれど、これからもお幸せにって思いました。よきかな。

あと単行本未収録短編(イエスタデイをうたってとは関係ない)の「夏の姉」が妙な話で面白かったです。都会に出た兄が美女(女装)になって帰ってくるという話なのですが、性自認とか性指向とか結構重くなりそうなテーマを不思議な軽さで描いていくのが面白いなと。妹の気にしない訳でもないけど否定しない感じや、幼馴染(男)への恋? の行方、父親へのカミングアウトのオチも変な外し方をしていて良かったです。

【小説感想】腐男子先生!!!!! 3 / 瀧ことは

 

腐男子先生!!!!!3 (ビーズログ文庫アリス)

腐男子先生!!!!!3 (ビーズログ文庫アリス)

  • 作者:瀧 ことは
  • 発売日: 2020/03/15
  • メディア: 文庫
 

 朱葉の受験から卒業までをフルスロットルで駆け抜けた完結巻。オタクのオタクによるオタクのためのラブコメが、教師と生徒という関係性をスパイスに提供される、大変良いものでした。

この作品、キャラはかなりデフォルメされていますが、芯の部分にずっと生っぽさがあるというか、中身がある感じがします。だから、外側に色々な設定を被っていても、踏み込んだって感じる瞬間があるというか。それが特に多めの最終巻なので、ラブでコメだと思っているとおっとこれはというところがあって、そのバランスがとても良かったです。

朱葉と桐生はそんな生っぽさの上に、生徒と教師、神絵師と信者、オタク友達、そして恋愛関係の4つくらいのレイヤーが被さっています。それが時と場合によって互いに変わっていたり、重きを置くところが移ろっていったりで、一筋縄では行かない関係は相変わらず面白く、正しい正しくないかは別にして、二人にしか進めない道を片道切符で選んでいっている感じが良かったです。

そしてやっぱり本当にオタクというものをよく分かっている感じが凄いなと。BL好きの二人の話ですが、根っこはオタクの色々な好きを、推しから恋愛から含めて描いていった話なのかなと思います。それを良し悪しも含めて描いて、全肯定はしないけれど、どうしたって否定はできないっていう話。だからこそ、その好きが分からない都築が出てきて、そして恋のライバルではなく、ああいうところに落ち着いたんだろうとも思いますし。なので、広くオタクは読んでほしいなと思いました。あれやこれや、色々と身に覚えがあるものが出てくると思います。分かる、すごい分かる、分かるけどさあみたいなのもあるし、うぐってなるものもあると思う。

 

終盤でとても印象的だったのが、出てくる箇所は飛びますが、この流れ。

「あいつは好きなことで人生を楽しんで、好きなことに救われたから、そういう宗教なだけだ」

「先生の好きは、ちょっと暴力だと思う」

「それでも、俺は信じているから。なにかを好きになる気持ちが、人生を豊かにするって」

これは、そういう宗教に生きている、私たちのための物語なんだと思います。

 

あと、桐生は、先生だからというのがなくて出会ったとしても、きっと同じように朱葉に接していたと思うので、卒業しても、こう、色々先は長いぞっていう気が。

【小説感想】こわれたせかいのむこうがわ ―少女たちのディストピア生存術― / 陸道烈夏

 

 電撃小説大賞の銀賞受賞作は、世界で唯一残された独裁国家の下層社会で生きる少女が、砂漠の向こう側を目指す物語。

このフウという少女が手にしたのはいつかどこかの教育番組が流れ続けるラジオで、母親を失った彼女は、そのラジオから聞こえる声をよすがに生きてきた。それを聞き続けたことが、彼女にこの国にあらざるべき経済や自然科学の知識を与えます。そして天涯孤独だった彼女が、国から追われる謎の少女、カザクラと出会った時に、物語は動き出す。

生きるので精一杯の最下層から、王を神と崇める抑圧の国家から、どこまでも続く過酷な砂漠から。どこかを目指したフウの旅を支えたのは、ラジオから得た知識と、心を開き手を取った仲間の力。

このチオウという国や砂漠の描写にすごく雰囲気があって、そこから脱出する少女の物語という時点で、もう勝っているという感じです。そこに加えて、強い力を持つ人造人間であったカザクラとの関係、ラジオの電波がどこから来ていたのかという謎、絆と知識を握りしめ、救いを目指して挑む少女たちの冒険。そんなの魅力的に決まっているし、彼女たちの行く末が救われたとしても、手が届かなくても、もうどうしたって泣いちゃうじゃん、みたいな。

後半の展開は駆け足にイベントを消化していくようなところはありますし、文章も謎の明かし方もかなり粗っぽいところもありますが、それが逆に砂漠に伝承される物語的な雰囲気に繋がっているところもあって、全体として凄く良いものを読んだなあと思う一冊でした。