【小説感想】ハル遠カラジ 4 / 遍柳一

 

ハル遠カラジ 4 (ガガガ文庫)

ハル遠カラジ 4 (ガガガ文庫)

 

 野生に育った戦災孤児と彼女を育てた軍事用ロボット、その母子の物語の最終巻。実直に、誠実に向き合い続け、一つ一つ積み重ねるようにしてたどり着いた結末が素晴らしかったです。本当にここまで読んできて良かったと思うし、読めて良かったと思う物語でした。

 

ライドーに連れ去られたハルの手がかりを探して、テスタたちはウラジオストクの地下に広がる生き残った人々の街へたどり着きます。そこで出会う人々との交流や、明らかになる白髪たちの正体にバベルの目的。そして地上に現れた白髪たちの中にハルの姿があって。

滅びゆく世界の中での暮らし、AIたちがイノセンスと呼ばれる白髪を生み出す理由、そして攫われたハルの行方、地球の人々に残された希望。400ページ超えの最終巻では様々な要素が語られていきますが、やっぱりこれは母と娘の物語であったのだと思います。テスタというロボットと、ハルという野生児。彼女の人ならざるものとして育った過去に、彼女を人として育て言葉を始めとする知識を与えたこれまでに、イノセンスとされた彼女に再開した今に、AIMDを患った軍事用ロボットであるテスタはどう向き合うのか。

ひたすら生真面目なテスタの一人称で語られる物語は、ひとつひとつそこに実直に相対し続けた軌跡です。人ではないからこそ人間が生きるということに向き合い続け、親子ではなかったからこそハルを育てるということに向き合い続けた。そしてたどり着いた答え。母と娘であること。母は娘を想い選択をして、娘もまた選択をする。そうしていつか巣立っていく娘が、また次の世代を育んでいく。過ちも欺瞞も全ての矛盾も抱えて向き合い続けながら、そうして自分の意思で進んでいくことを、人間が生きることだと素朴に言えるだけの説得力は、人から外れた存在だった2人が歩んだ道の果てだからこそあったように思います。

あとはイリナの身につけた強さに感じる尊さだったり、アニラの戻ってきた時の嬉しさだったり、テスタとハルは本当に共に歩む人に恵まれたのだなと感じる物語でもありました。そして終章、語り過ぎることはなく、過ぎ去っていく時間の中で、彼女が彼女を育てたことがもたらした未来をしっかりと見せる、とても良いエピローグでした。だって、その名前は泣いちゃうって。

【マンガ感想】鬼滅の刃 1-23 / 吾峠呼世晴

 

鬼滅の刃 23 (ジャンプコミックスDIGITAL)

鬼滅の刃 23 (ジャンプコミックスDIGITAL)

 

 流行りものには乗っておこうと映画を見たタイミングで既刊を一気読みして、最高のタイミングで最終巻を読めた鬼滅の刃。流行りものにはそれだけの理由があるんだなという面白さでとても良かったです。それにしたってこの跳ね方は様々な要因が重なった結果なのだろうと思いますが。

最初から最後まで鬼との闘いを描き続けた物語で、常に劣勢を強いられる中で死者を出すことも厭わない容赦ないバトル、呼吸や柱といった少年漫画らしい設定、そしてバトルの中で回想を折り込みながら掘り下げられていくキャラクターたちの魅力が揃ってこの作品の魅力になっていますが、その中を貫いていたのは想いを繋いでいくことだったのかなと思います。

鬼に家族を襲われ、唯一生き残った禰豆子も鬼にされた炭治郎が歩む厳しい道程の中で、彼は願いを同じくする多くの人に出会い、たくさんの想いを受け取っています。それは修行の中で出会った錆兎に真菰から始まり、鬼殺隊として散っていった柱たちまでの全て。読んでいる途中はあまりにも炭治郎に背負わせることに、長男だからって折れないとは限らないぞと思ったりもしたのですが、最終回まで読んで多分そういうことじゃないんだなと。

唯一至上の生命を目指した無惨に対して、鬼殺隊は人の身でありながら想いを繋いでいくことで対抗した。命を賭してそれぞれにできる最大で鬼と闘い、多くは命を落とし、それでも想いは受け継がれていく。それぞれの物語を懸命に生きて、繋いでいった先に悲願は成就し、そしてまた未来へと繋がっていった。そういう大きな流れが、心を燃やせという言葉に象徴される強い想いが、人が生きることだと描かれた物語だったのだろうと思います。だからこそ、最終回は未来の世に、彼らの繋いだものを描いたのだと思いました。

キャラクターは鬼も含めてみんな魅力的で、誰を主人公にしてもそれで一作できそうだなと思ったのですが、中でも好きだったのは童磨とのしのぶ、カナヲ、伊之助の戦い。それぞれの想い、背負っているものが弾けるこの作品らしさと、キャラクターの持つ個性の組み合わせが、凄惨さの中に美しさを感じさせる闘いでした。

その胡蝶しのぶというキャラクターは、本来鬼と闘うような体力は持たず(=首を切れる膂力がない)、だからこそ毒を使って闘う蟲柱となった人です。両親を、そして最愛の姉を鬼に殺された怒りを秘め続けて、本当だったら進まないで良かったはずの闘いに身を投じる。それは他の柱たちとは少し趣が違っているように見えて、特に甘露寺蜜璃との対比が面白いなと思いました。持って生まれた性質から普通に生きることを否定されて、鬼殺隊にこそ自分が普通でいられる場所を見つけた少女と、本来ならば居るべきではないところに執念で居場所を作った少女。この二人の絡みはもう少し見てみたかったなと思いました。いやなんか表面上はにこやかに会話をしている図にしかならないような気もしますが。

【小説感想】ようこそ紅葉坂萬年堂 / 神尾あるみ

 

 日々の労働に追われて疲れ切っていた主人公の葵が、ふと立ち寄った小さな筆記具店で初めての万年筆に魅せられて、その店のスタッフとして働き始める物語。

葵自身の万年筆との出会いも、店長である志貴とのやり取りも、新米店員とお客様とのやり取りも、とにかく好きなものに対するキラキラ感にあふれていて良かったです。私は万年筆のことは正直全然わからないのですが、作品全体から万年筆はこんなに素敵なんだという気持ちが伝わってきます。

そして葵や志貴を始めとして、出てくる人たちがみんな善い人々なのが作品の空気を前向きで柔らかくしていると思いました。特に葵と志貴はびっくりするほど純粋で、二人の不器用な関係が万年筆とお店を軸に展開していくのも良い感じ。

好きなものを思いっきり描いた作品は前のめりになりがちだと思うのですが、そのあたりの距離感も適切で、中でも葵と万年筆の興味のなかったあるお客さんのやり取りが印象的でした。万年筆というのはただの文字を書く道具ではなく、そういう存在なのだなと興味が湧くと同時に、それを分からないことも否定はしない描き方が、読んでいての心地よさに繋がっているのかなと思います。

そんな柔らかい空気の中で、山も谷もあるけれど好きなものを好きでいることでキラキラしていく毎日と、そうやって愛したものに救われることを描く、ちょっと良いものを読んだなという気持ちになれる物語でした。

【小説感想】吸血鬼に天国はない 4 / 周藤蓮

 

吸血鬼に天国はない(4) (電撃文庫)

吸血鬼に天国はない(4) (電撃文庫)

 

恋に落ちた人間と怪物。

二人が選び取った日常、未来、そして幸せの形。

 と帯に書かれているのですが、まさにその通りでそれだけの、極々私的なシーモアとルーミーの話なのです。それが、こんなにややこしく、言い方は悪いですがしち面倒臭い話になるというのが、まさに吸血鬼という怪物のスケール感であると同時に、シーモア・ロードという人間の在り方で、このシリーズの持つ諦念と真摯さを煮詰めたような空気感であり、非常に「らしい」お話だったと感じます。そして、そこがやっぱりこのシリーズの好きなところだと思いました。

突然現れたシーモアの子供を名乗る女の子も、彼女を起点に広がっていく怪異たちとあらゆる願望を叶える力を巡る話も、たとえそれが世界規模のスケールを持っていたとして、決して物語の主題にはならず、全てはルーミーとシーモアの関係をもう一度定義するプロセスだったのだと思います。ある意味拍子抜けするような結末は、ルーミーという怪物が全てを彼の良いようにしてしまう日常に抗ってシーモアの選んだ意地であり、吸血鬼と人間の恋を未来に繋いでいくためのものでした。

『賭博師は祈らない』を読んだ経験からも、この人の小説ならそれを良しとはしないよなとは思ってはいましたが、その落とし所がなるほどそこにあるのかと。極めて私的な二人のお話に、人と怪物であるがゆえにスケール感がズレながら、ロープの上をギリギリで渡っていくようなバランスで折り合いをつけていく。その答えがここだというのが、ダウナーでザラッとしていて、けれど過剰なくらいにロマンチックなこの作品らしくて、とても良かったと思います。

二人の関係性としてはここで終わっても良いくらいに答えが出ていて、けれどもこれからも二人の周りに事件は起き続けるのだろうと思います。あまり万人受けするイメージのわかないシリーズなのですが、私はやっぱ大好きで、もっと二人の物語が読めれば嬉しいなと思います。

【小説感想】推し、燃ゆ / 宇佐見りん

推し、燃ゆ

推し、燃ゆ

 

あたしには、みんなが難なくこなせる何気ない生活もままならなくて、その皺寄せにぐちゃぐちゃ苦しんでばかりいる。だけど推しを推すことがあたしの生活の中心で絶対で、それだけは何をおいても明確だった。中心っていうか、背骨かな。

相手と話して距離が近づくこともない、あたしが何かをすることで関係性が壊れることもない、一定のへだたりのある場所で誰かの存在を感じ続けられることが、安らぎを与えてくれるということがあるように思う。

 推すことはあたしの生きる手立てだった。業だった。

 何かを推すことで生きている人にとって、分かりみのある小説だと思います。当たり前をうまく生きられず苦しむ主人公の、推しを推すことで生きている感じ。肉を重いと言って、推すことを背骨だと言う感覚。推すという、ある種一方的な関係性。推しの情報を片端から摂取して、解釈してブログに吐き出そうとする行為。ネットで飛び交う言葉、ファン同士の推しを介して成立する関係性。

これを読んで救われる訳でも、面白い訳でも、何かを言いたくなる訳でもなくて、ただただ分かりみがある。主人公が推しているのはアイドルですが、それを他のものに置き換えても、そうやってどうにか生きている世界があるよねと。

物語としては、そうやって生きている主人公の、ただ一人の推しがファンを殴って炎上して、そして芸能界引退に至るまでの話。何かドラマティックな出来事もなく、主人公にとっての現実と推しがある、それだけの話。これを読んでどう思うかは読者に委ねられていて、可哀想だと言ったり、自業自得だと言ったりもできますが、個人的にはただ納得感が残りました。だってそういうものなんだから、そうなればそうなるしかないじゃない、みたいな。そういう意味でも、分かりみがあったという感じです。

それにしてもオタクの解像度が高いのですが、言葉選びとか節々にあまりにも分かりすぎているものを感じたり。小説としての感性の鋭さと同時に、ああこのフレーズTwitterかnoteにありそうだなみたいなキレがあって、それもまた分かりみを感じた要因だったように思います。書かれていることが、あまりにも近い世界過ぎて受け身がうまく取れなかったというか、なんだかそういう気持ちも残る一冊でした。

【マンガ感想】とある科学の超電磁砲 外伝 アストラル・バディ 4 / 鎌池和馬・乃木康仁

 

「何もかもを救えるわけじゃない わかっているけどだからこそ 
この手をけして離さない」

食蜂操祈やっぱ好きだなと思った完結編。精神操作のレベル5であるが故に偽悪的に振る舞う、本当は仲間想いな食蜂派閥の女王様。操作なんてされなくても仕える人がいるのも納得というキャラクターだなと思います。

そして帆風は主人公しているし、黒子はカッコいいし、初春は相変わらずチートだしでそれぞれに見せ場があり、最終的に帆風と悠里が望む未来を掴み取る物語。ですがなんともやるせない気持ちが残るのも確か。というのも、これは最善の結末ではあるけれど、『内部進化』の過去を踏まえてこの物語の結末を見ると、何もかもハッピーエンドだなんてとても言えない訳で。

そもそもこれ、才能に大きく影響される能力格差が明確にある社会と人体実験により子どもたちに能力開発を行う研究所の掛け合わせな時点で、倫理観の欠片もないお話です。だからこそ研究所が起こした事故の先に生きることになった彼女たちのコンプレックスや執着が、強い感情の人間関係を織りなして面白いシリーズではあるものの、歪んだ基盤の上に物語が展開していることは間違いないです。その結末として、ようやく素直になって前を向いた帆風の想いが引き寄せたこれは彼女を中心とした最善ではあるものの、精算できないものははるかに多く残っていて、なんともなあという思いもありました。

いやほんと学園都市の研究施設は胸糞悪いのばかりかよと思うのですよね。内部進化の人たちも子どもたちも悪人ではないのが逆に何とも。そして内部進化含め才人工房から真っ当に育った子たちって、結局のところ能力のレベルが高い子では……みたいなところを含めて、やりきれなさの残る物語でした。自殺未遂からこの出来事があって、新約11巻のあれに至る蜜蟻、確かに最後は救われたのかもしれないけれど、いったい彼女の何がいけなかったんだよって思うじゃないですか……。辛みがある。

【小説感想】安達としまむら 9 / 入間人間

 

安達としまむら9 (電撃文庫)

安達としまむら9 (電撃文庫)

 

 安達としまむら以外に焦点を当てたり、過去の話だったりの短編集。そして今回は日野と永藤の話が良過ぎました。特に日野の家出の話が、ものすごい解像度で切れ味鋭かった。

日野という良家に生まれたお嬢様と、ごく一般的な肉屋の娘。そんな二人の出会いは保育園で、そのまま当たり前に隣にいる関係が続いてきて。家に収まりの悪さを感じる日野が家出を試みた中学時代、結局お目付け役付きの旅行になってしまったそれについてきた永藤。その中で日野と永藤の関係の形を掘り出していくようなお話なのですが、なんだかもうシチュエーション、モノローグ、会話まで冴え渡っていて凄かったです。

彼女たちを連れ出してくれた江目さんがかつて日野の奥様と選んだ生き方。いつか家を継ぐ人と2人で生きていくために、お手伝いさんとして側にあり続けることを選んだ彼女たちの世代、そしていつかの旅の記憶が、少しずつ変わっていく日野と永藤の関係にオーバーラップしながら、けれどそのまま同じではない。日野父の不器用に娘を想う気持ちも含め、大変良いものを読んだという気持ちです。

あと、中学時代のしまむらがまさにしまむらという感じの尖り方でそうそう君はこういう子だった、この他人への無関心さこそと思ったり、安達母と島村母の不思議な関係からのまさかの安達親子クリスマス会も良かったです。

いつも思うのですが、入間人間の文章は、色と匂いと触感までセットで想起されることが多くて、知っているあの日の感覚を引きずり出されるように思います。今回の幼少期の永藤が日野の家に初めて行った時に広い部屋に感じたものとか、子供の頃父の上司のお屋敷に連れて行かれた時の感触が蘇ってくる感じ。そういう感覚に訴えかける文章が書けるからこそ、人と人の間に流れる空気感を描くのが抜群に上手いのだろうなと思いました。