【小説感想】こわれたせかいのむこうがわ 2 ~少女たちのサバイバル起業術~ / 陸道烈夏

 

 1巻がディストピア国家からの脱出するところまでを描いていたので、その続きと言っても何をするんだろうと思ったのですが、いやこれ2巻の方が全然面白いです。むしろ本領発揮という感じ。抑圧された世界を描くよりも、開けた世界でヤバい奴らが景気よく闘っていたほうが、文章も物語も生き生きするタイプの作家なのだと感じます。

独裁国家チオウから脱出したフウとカザクラですが、逃げ延びたアマクニで今度は謎の組織ゴトクテンの長であるリリに捉えられて、奴隷扱いされる生活からまた脱出、そして橋の上に気づかれた都市アマテラスでの全面対決まで一気に駆け抜ける一冊。

とにかくぶっ飛んだキャラクターや組織が一から十まで大仰でケレン全振りという感じ。そして細かいことは気にするなと言わんばかりの語りの勢いが読んでいて気持ち良いです。過剰なまでのフックでずっと飽きさせずに引っ張っていくのは、小説というか、口頭で語る物語を浴びているような感覚があります。

とはいえハチャメチャにドンパチするだけではなく、前巻ではラジオから知識を得て窮地を抜け出したフウが、今度は手にした情報をどう見極めていくかという壁を仲間の力で超えていくところだったり、悪を自認するリリにも彼女の確固とした組織運営術があったり、地に足のついた話を織り交ぜるのが面白いバランスだなと思います。

新キャラもなかなか強烈な人が多いですが、拉致した人々を洗脳して支配する、組織のために必要であれば人命すら、それどころか長というパーツとしての自分の身さえも顧みないリリ・陽天の在り方が良かったなと。生来持った真面目さと狂気に理不尽な境遇が合わさった結果が行き過ぎて、「虚」と「悪」を自認する姿、割と好きです。そしてそんなリリと、目的のためにやっぱり何も顧みないところがあるフウの類似性が示唆されるの、超えてはならない一線のあちら側とこちら側のようで面白いなと思いました。いや、フウが超えていないかというと、そこに若干の疑念は、無くもないですが。

そしてそんな少女たちが組織と軍事力を率いて正面衝突するのだから、それはイかれた大騒ぎにもなりますし、そこでなんだかよくわからない奴らが大激突しつつ、最後はご都合過ぎるくらいの大団円にもっていくパワーがある物語ならば、そんなの面白くない訳がないじゃないと。大変楽しかったです。

ただ、帯に「少女たちの可愛い生存戦略」とあるのは若干の詐欺なのでは。この生存戦略、どこかに可愛さあったかな……。

【小説感想】エンドブルー / 入間人間

 

エンドブルー (電撃文庫)

エンドブルー (電撃文庫)

 

 入間人間による百合短編集、ですが流石にこれを単独で読めるから何の注意書きもないと言うのはどうなのかもと思う、「クロクロクロック」と「少女妄想中。」の後日譚。

私は「クロクロクロック」の方は最後まで読んでいないので知らずに読む形になって、それはそれでも十分面白く読めましたが、「少女妄想中。」はこれもう知らずに読むのと知って読むのでは破壊力が違いすぎるのではという感じだったので、「クロクロクロック」も既読者からするとそうなのかも。読み始めは蛇足なのではと思わせておいて、ものすごい切れ味で斬られたという感じがありました。

『ガールズ・オン・ザ・ライン』『雅な椀』は陶芸家の弟子と裏稼業に身を置く女の、ちょっとインモラルな空気のある関係から始まる物語。ふわっとしているというか、馬鹿で役立たたずと自己評価しているから他人と関わろうとしなかった子と、命の危険と隣り合わせの世界で半身のようだった兄を失った女の間に生まれる関係性が、変わり種ながらこういう感情の動きを描かせたら流石と思いました。

そして『光る風の中』『今にも消える鳥と空に』。

かつて、自分だけに見える「彼女」を追いかけて、この世界から消えてしまった幼馴染。そのまま時を重ねていくうちに、自分のことを好いてくる、自分の片目を傷つけた姪との関係が生まれて、そして今。二度と重なるはずのなかった二人の世界が、鳥に導かれるようにして、時間も距離も超え、白昼夢の中に重なります。

好きだったあの人は、何も言えないまま、何も言わずに消えてしまったから、再会を通じて本当の別れに至る。そういうエピソードなのですが、これがまた凄いキレで。

あの時の姿のまま変わらない彼女と、歳を重ねて変わった自分。自分の足で走って手を伸ばして何かを掴んだ彼女と、片目を失うことで何かを手にした自分。誰もいない無音の街と真夏の刺すような熱の中で浮かび上がるその対比が、もう決して交わらない二人のつかの間の交錯であることを際立てて、けれどその一瞬に行き場を無くしていた想いは集約される。抜けるような空の下で描かれるそれが、まさしくタイトル、そして表紙のイラスト通りに、鮮烈な青の印象を残す作品でした。

【小説感想】ハル遠カラジ 4 / 遍柳一

 

ハル遠カラジ 4 (ガガガ文庫)

ハル遠カラジ 4 (ガガガ文庫)

 

 野生に育った戦災孤児と彼女を育てた軍事用ロボット、その母子の物語の最終巻。実直に、誠実に向き合い続け、一つ一つ積み重ねるようにしてたどり着いた結末が素晴らしかったです。本当にここまで読んできて良かったと思うし、読めて良かったと思う物語でした。

 

ライドーに連れ去られたハルの手がかりを探して、テスタたちはウラジオストクの地下に広がる生き残った人々の街へたどり着きます。そこで出会う人々との交流や、明らかになる白髪たちの正体にバベルの目的。そして地上に現れた白髪たちの中にハルの姿があって。

滅びゆく世界の中での暮らし、AIたちがイノセンスと呼ばれる白髪を生み出す理由、そして攫われたハルの行方、地球の人々に残された希望。400ページ超えの最終巻では様々な要素が語られていきますが、やっぱりこれは母と娘の物語であったのだと思います。テスタというロボットと、ハルという野生児。彼女の人ならざるものとして育った過去に、彼女を人として育て言葉を始めとする知識を与えたこれまでに、イノセンスとされた彼女に再開した今に、AIMDを患った軍事用ロボットであるテスタはどう向き合うのか。

ひたすら生真面目なテスタの一人称で語られる物語は、ひとつひとつそこに実直に相対し続けた軌跡です。人ではないからこそ人間が生きるということに向き合い続け、親子ではなかったからこそハルを育てるということに向き合い続けた。そしてたどり着いた答え。母と娘であること。母は娘を想い選択をして、娘もまた選択をする。そうしていつか巣立っていく娘が、また次の世代を育んでいく。過ちも欺瞞も全ての矛盾も抱えて向き合い続けながら、そうして自分の意思で進んでいくことを、人間が生きることだと素朴に言えるだけの説得力は、人から外れた存在だった2人が歩んだ道の果てだからこそあったように思います。

あとはイリナの身につけた強さに感じる尊さだったり、アニラの戻ってきた時の嬉しさだったり、テスタとハルは本当に共に歩む人に恵まれたのだなと感じる物語でもありました。そして終章、語り過ぎることはなく、過ぎ去っていく時間の中で、彼女が彼女を育てたことがもたらした未来をしっかりと見せる、とても良いエピローグでした。だって、その名前は泣いちゃうって。

【マンガ感想】鬼滅の刃 1-23 / 吾峠呼世晴

 

鬼滅の刃 23 (ジャンプコミックスDIGITAL)

鬼滅の刃 23 (ジャンプコミックスDIGITAL)

 

 流行りものには乗っておこうと映画を見たタイミングで既刊を一気読みして、最高のタイミングで最終巻を読めた鬼滅の刃。流行りものにはそれだけの理由があるんだなという面白さでとても良かったです。それにしたってこの跳ね方は様々な要因が重なった結果なのだろうと思いますが。

最初から最後まで鬼との闘いを描き続けた物語で、常に劣勢を強いられる中で死者を出すことも厭わない容赦ないバトル、呼吸や柱といった少年漫画らしい設定、そしてバトルの中で回想を折り込みながら掘り下げられていくキャラクターたちの魅力が揃ってこの作品の魅力になっていますが、その中を貫いていたのは想いを繋いでいくことだったのかなと思います。

鬼に家族を襲われ、唯一生き残った禰豆子も鬼にされた炭治郎が歩む厳しい道程の中で、彼は願いを同じくする多くの人に出会い、たくさんの想いを受け取っています。それは修行の中で出会った錆兎に真菰から始まり、鬼殺隊として散っていった柱たちまでの全て。読んでいる途中はあまりにも炭治郎に背負わせることに、長男だからって折れないとは限らないぞと思ったりもしたのですが、最終回まで読んで多分そういうことじゃないんだなと。

唯一至上の生命を目指した無惨に対して、鬼殺隊は人の身でありながら想いを繋いでいくことで対抗した。命を賭してそれぞれにできる最大で鬼と闘い、多くは命を落とし、それでも想いは受け継がれていく。それぞれの物語を懸命に生きて、繋いでいった先に悲願は成就し、そしてまた未来へと繋がっていった。そういう大きな流れが、心を燃やせという言葉に象徴される強い想いが、人が生きることだと描かれた物語だったのだろうと思います。だからこそ、最終回は未来の世に、彼らの繋いだものを描いたのだと思いました。

キャラクターは鬼も含めてみんな魅力的で、誰を主人公にしてもそれで一作できそうだなと思ったのですが、中でも好きだったのは童磨とのしのぶ、カナヲ、伊之助の戦い。それぞれの想い、背負っているものが弾けるこの作品らしさと、キャラクターの持つ個性の組み合わせが、凄惨さの中に美しさを感じさせる闘いでした。

その胡蝶しのぶというキャラクターは、本来鬼と闘うような体力は持たず(=首を切れる膂力がない)、だからこそ毒を使って闘う蟲柱となった人です。両親を、そして最愛の姉を鬼に殺された怒りを秘め続けて、本当だったら進まないで良かったはずの闘いに身を投じる。それは他の柱たちとは少し趣が違っているように見えて、特に甘露寺蜜璃との対比が面白いなと思いました。持って生まれた性質から普通に生きることを否定されて、鬼殺隊にこそ自分が普通でいられる場所を見つけた少女と、本来ならば居るべきではないところに執念で居場所を作った少女。この二人の絡みはもう少し見てみたかったなと思いました。いやなんか表面上はにこやかに会話をしている図にしかならないような気もしますが。

【小説感想】ようこそ紅葉坂萬年堂 / 神尾あるみ

 

 日々の労働に追われて疲れ切っていた主人公の葵が、ふと立ち寄った小さな筆記具店で初めての万年筆に魅せられて、その店のスタッフとして働き始める物語。

葵自身の万年筆との出会いも、店長である志貴とのやり取りも、新米店員とお客様とのやり取りも、とにかく好きなものに対するキラキラ感にあふれていて良かったです。私は万年筆のことは正直全然わからないのですが、作品全体から万年筆はこんなに素敵なんだという気持ちが伝わってきます。

そして葵や志貴を始めとして、出てくる人たちがみんな善い人々なのが作品の空気を前向きで柔らかくしていると思いました。特に葵と志貴はびっくりするほど純粋で、二人の不器用な関係が万年筆とお店を軸に展開していくのも良い感じ。

好きなものを思いっきり描いた作品は前のめりになりがちだと思うのですが、そのあたりの距離感も適切で、中でも葵と万年筆の興味のなかったあるお客さんのやり取りが印象的でした。万年筆というのはただの文字を書く道具ではなく、そういう存在なのだなと興味が湧くと同時に、それを分からないことも否定はしない描き方が、読んでいての心地よさに繋がっているのかなと思います。

そんな柔らかい空気の中で、山も谷もあるけれど好きなものを好きでいることでキラキラしていく毎日と、そうやって愛したものに救われることを描く、ちょっと良いものを読んだなという気持ちになれる物語でした。

【小説感想】吸血鬼に天国はない 4 / 周藤蓮

 

吸血鬼に天国はない(4) (電撃文庫)

吸血鬼に天国はない(4) (電撃文庫)

 

恋に落ちた人間と怪物。

二人が選び取った日常、未来、そして幸せの形。

 と帯に書かれているのですが、まさにその通りでそれだけの、極々私的なシーモアとルーミーの話なのです。それが、こんなにややこしく、言い方は悪いですがしち面倒臭い話になるというのが、まさに吸血鬼という怪物のスケール感であると同時に、シーモア・ロードという人間の在り方で、このシリーズの持つ諦念と真摯さを煮詰めたような空気感であり、非常に「らしい」お話だったと感じます。そして、そこがやっぱりこのシリーズの好きなところだと思いました。

突然現れたシーモアの子供を名乗る女の子も、彼女を起点に広がっていく怪異たちとあらゆる願望を叶える力を巡る話も、たとえそれが世界規模のスケールを持っていたとして、決して物語の主題にはならず、全てはルーミーとシーモアの関係をもう一度定義するプロセスだったのだと思います。ある意味拍子抜けするような結末は、ルーミーという怪物が全てを彼の良いようにしてしまう日常に抗ってシーモアの選んだ意地であり、吸血鬼と人間の恋を未来に繋いでいくためのものでした。

『賭博師は祈らない』を読んだ経験からも、この人の小説ならそれを良しとはしないよなとは思ってはいましたが、その落とし所がなるほどそこにあるのかと。極めて私的な二人のお話に、人と怪物であるがゆえにスケール感がズレながら、ロープの上をギリギリで渡っていくようなバランスで折り合いをつけていく。その答えがここだというのが、ダウナーでザラッとしていて、けれど過剰なくらいにロマンチックなこの作品らしくて、とても良かったと思います。

二人の関係性としてはここで終わっても良いくらいに答えが出ていて、けれどもこれからも二人の周りに事件は起き続けるのだろうと思います。あまり万人受けするイメージのわかないシリーズなのですが、私はやっぱ大好きで、もっと二人の物語が読めれば嬉しいなと思います。

【小説感想】推し、燃ゆ / 宇佐見りん

推し、燃ゆ

推し、燃ゆ

 

あたしには、みんなが難なくこなせる何気ない生活もままならなくて、その皺寄せにぐちゃぐちゃ苦しんでばかりいる。だけど推しを推すことがあたしの生活の中心で絶対で、それだけは何をおいても明確だった。中心っていうか、背骨かな。

相手と話して距離が近づくこともない、あたしが何かをすることで関係性が壊れることもない、一定のへだたりのある場所で誰かの存在を感じ続けられることが、安らぎを与えてくれるということがあるように思う。

 推すことはあたしの生きる手立てだった。業だった。

 何かを推すことで生きている人にとって、分かりみのある小説だと思います。当たり前をうまく生きられず苦しむ主人公の、推しを推すことで生きている感じ。肉を重いと言って、推すことを背骨だと言う感覚。推すという、ある種一方的な関係性。推しの情報を片端から摂取して、解釈してブログに吐き出そうとする行為。ネットで飛び交う言葉、ファン同士の推しを介して成立する関係性。

これを読んで救われる訳でも、面白い訳でも、何かを言いたくなる訳でもなくて、ただただ分かりみがある。主人公が推しているのはアイドルですが、それを他のものに置き換えても、そうやってどうにか生きている世界があるよねと。

物語としては、そうやって生きている主人公の、ただ一人の推しがファンを殴って炎上して、そして芸能界引退に至るまでの話。何かドラマティックな出来事もなく、主人公にとっての現実と推しがある、それだけの話。これを読んでどう思うかは読者に委ねられていて、可哀想だと言ったり、自業自得だと言ったりもできますが、個人的にはただ納得感が残りました。だってそういうものなんだから、そうなればそうなるしかないじゃない、みたいな。そういう意味でも、分かりみがあったという感じです。

それにしてもオタクの解像度が高いのですが、言葉選びとか節々にあまりにも分かりすぎているものを感じたり。小説としての感性の鋭さと同時に、ああこのフレーズTwitterかnoteにありそうだなみたいなキレがあって、それもまた分かりみを感じた要因だったように思います。書かれていることが、あまりにも近い世界過ぎて受け身がうまく取れなかったというか、なんだかそういう気持ちも残る一冊でした。