とある飛空士への追憶 / 犬村小六

とある飛空士への追憶 (ガガガ文庫)

とある飛空士への追憶 (ガガガ文庫)

「貴様に一つ、重大な任務を託したい。
 次期皇妃を水上偵察機の後席に乗せ、中央海を単機敵中翔破せよ」

流民上がりの混血児、階層社会のレヴァーム帝国の中でも最下層に位置する傭兵のシャルルと、皇太子との婚約が決まっている貴族の令嬢ファナ。交わるはずがなかった2人の人間を載せて、敵国天ツ上のある大陸に取り残されたレヴァーム領から1機の水上偵察機が飛び立ちます。海の青さ、空の広さ、困難な任務、迫る危機、決意、しばしの休息、そして芽生える叶うことのない想い。2人きりで翔け抜けた1万2千キロ。
とにかく王道の設定な、しっかりと描ききった感のある小説。真面目で型物なところのあるシャルルの葛藤も、人形のようにふるまっていたファナが見せていく人間らしい魅力も、2人を結んでいる幼少時の絆も、お互いを想いながら越えられない壁も、ベタだといえばベタなのですが、ぶれることのないストーリー展開としっかりとした文章力に支えられて非常に魅力的な物語になっています。その分意外性はないと思いますが、この作品の場合そういうものは不必要かなと。
敵地まっただ中からの逃避行であり、お互いを縛る身分からの逃避行でもある2人の旅が、何物にも縛られない自由を感じさせる空の旅であることが、なんだかとても素敵。個人的には青春恋愛ものに逃避行は欠かせないと思うのです。圧倒的な戦力差を持つ敵軍からシャルルの卓越した技量で逃げる空戦シーンも迫力十分。自分も何か役に立ちたいと、予想外な芯の強さを見せるファナの姿はまるで立派な飛空士のようで印象的。このまま終わってしまうのかと思ったラストシーンにも、美しく素敵な結末が用意されていて良かったです。
心の靄を晴らしてくれるような清々しい小説。読み終わって思わず、空を飛んでみたくなりました。