荒野 / 桜庭一樹

荒野

荒野

1人の少女が揺らめきながら大人になっていく、12歳から16歳という特別な時間の物語。
どこにでもある平凡な、ただそれだけのことを、ファミ通文庫の既刊2冊分に書きおろしの第3部を含めた500ページの分量で描いたら退屈してしまいそうなもの。でもそんなありふれた物語を、まるで魔法をかけたように特別なものにしてしまうのが小説の魔力なのかな、とかそんなことを思いました。
ハングリーアートな恋愛小説の大家である父とその娘山之内荒野。「すけこまし」な父親の周理に集まる女たち。家政婦の奈々子さん。父親が再婚して山之内家にやってきた蓉子さん。同じ時間を過ごし、そしてばらばらに大人になっていく友人たち。微妙な距離感の男の子たち。蓉子さんの連れ子の悠也。山之内家を中心に色々な人の想いが重なって、特別で愛おしく、ちょっと不格好な荒野の4年間がゆっくりと、でも確実に過ぎていきます。
少女たち、女たち、少年たち。そして家。そういった桜庭一樹がずっと書いてきたテーマが、荒野を通してこれでもかと描かれている感じ。殺人事件や禁忌のように人生を変えてしまう特別さはなくても、子供の持つふわふわした空気と大人の持つ生っぽい空気を繊細に閉じ込めたこの小説はとても魅力的だと思います。
また、思わずハッとさせられるような表現があちらこちらに混じっていて、数ページごとに思わず息を呑まされるような感じでした。
世間に溢れる様々なものと自分の中にあるものに少しずつ触れて、時に怯え竦みながらも少しずつ変わっていく荒野の姿は、第1部から第3部の文章を含めた雰囲気の変化からも感じられたり。後半に進むに連れて、フワフワとしていた部分が減って、少しずつ地に足が付いていくような。
でも、個人的には荒野の幼さの向こうに、大人たちのドロドロした何かがさっと忍び込んでくる第1部の危うい感じが大好き。とても、素敵な小説でした。