どろぼうの名人 / 中里十

どろぼうの名人 (ガガガ文庫 な 4-1)

どろぼうの名人 (ガガガ文庫 な 4-1)

どこまでいっても掴みどころのない、不思議なお話でした。
大好きなお姉ちゃんに言われて、お姉ちゃんのライバルである川合愛という女性の妹になることになった少女初雪。お姉さまである川合愛とお姉ちゃんと初雪を慕う川井愛の娘川合文との関係を描いた物語。
お姉ちゃんに対する信仰めいた絶対の愛情や、川井愛との生活の中で生まれていく何かしらの感情や、文から向けられる真っ直ぐな感情や、文と愛に間にある感情。たぶんどれも愛情と呼べる、でもちょっとずつ違う何かを描いた感じの作品で、挿入される寓話めいた話やラプンツェルごっこによって幻想的な雰囲気が漂います。閉じた世界の中で、百合色な関係が描かれているような感じ。
ただ、この作品の場合単純に幻想的や閉じているという表現とも何か違うというか、時々入ってくるえらく俗物的な要素や、2人の姉が関わっている問題のきな臭さ、千葉国や在日米軍のようなパラレルワールド的要素まで入ってきていて、でもそれぞれに語られ切っていないような不思議な感じ。フィルターが掛かってぼやけているようなイメージ。
全体的に、なんというか、少しずつ何かが欠けているような印象のある作品でした。確かに何かが見えているのだけど、掴もうとすると実態がないような、明らかに何かが足りないのだけど、足りないことで生まれている何かがあるような、そういう感じ。この独特な空気は、ちょっと癖になるかもしれません。