アイゼンフリューゲル / 虚淵玄

アイゼンフリューゲル (ガガガ文庫)

アイゼンフリューゲル (ガガガ文庫)

大空の覇権が、人にはその生態はおろかどうやって飛んでいるかすらわからない巨大で気高き龍たちにあった時代。速さを絶対の価値とする龍たちに、ただ速さを持って挑む男たちの物語。
偉大な研究者にして未だ現場第一線に立ち続けるヴァイニンガー博士のもとに集まったまさに技術バカな研究所のメンバーたちと、社交性には欠けるものの腕は抜群なテストパイロットのカール、そしてそんなカールを気にかける恋人にして研究所の紅一点なヘレン。そんな研究所のメンバーたちが大空の覇者である龍に挑む話、として始まるのが前半。
そしてその物語は中盤の新型機ブリッツフォーゲルを駆っての虹龍との勝負で最高潮を迎えます。誰の邪魔も入らない1対1のレース。お互いを尊敬しあうが故に、正々堂々と速さで勝つために全力を尽くし、負けを認めたら潔く引く。その美しく神聖な勝負と、限界のスピード感には思わず熱くなりました。そして、勝負が決した後、ギャラリーとして集まった龍たちの放った咆哮には思わずゾクゾクするものが。
ただ、そんなにシンプルで美しくないのが現実。ブリッツフォーゲルの開発には資金援助が必要な訳で、戦争という舞台背景を持つ以上その出所は当然のごとく軍で。
ただ飛びたいと願った少年の想いを切り裂き彼を追い詰めた戦争が、ただ速く飛ぶことを求めているのに追いかけてくるという事実がカールにとってはどれだけ辛いことか。飛ぶことでしか生きられない人間が飛ぶために、ただ飛ぶだけではいられないというジレンマが哀しいです。
とはいえ、カールのただ飛びたいという想いは明らかに「逃げ」としてのもので、自分が飛ぶために足元に何があるのか、誰が闘っているのかすら見ようとせずに空に逃げる態度はちょっとイラっとするものもあったり。そういう意味では、逃れられぬ過去に向き合い、それでも尚自分の道を通そうとするゲプハルトの強さが、個人的には凄くカッコ良く感じました。
物語はまだ前半。カールが自らの選択で軍を選んだ過去、その手が殺めた命、今の彼を支え、同じ夢を見る多くの人々。それを受け止めることができた先に、空という場所を掴み取った彼のスピードの限界への挑戦が待っているのかなと、そんなことを思いました。