全滅脳フューチャー!!! / 海猫沢めろん

全滅脳フューチャー!!! (本人本)

全滅脳フューチャー!!! (本人本)

著者の実体験を下敷きにした、90年代地方都市のオタク青年の物語。
鉄工所でのバイトで事件を起こして首になった主人公が、次に始めたバイトはホスト。でも、地方都市のホストクラブは華やかな世界でもなんでもなく、やくざの息のかかった世界の中で沈殿するような日々が続いて。その後も、やくざな世界に関わって、賭博ゲーセンやクスリの仕事にも関わっていくのですが、そのこと自体に強い何かを感じられないところがこの作品の特徴。
ゲームやアニメにハマり、現実をバカにしているような主人公。時折挟まれるアニソンの歌詞。当時の一人称に、ところどころ後から振り返った視点が入ってくる構成。そんな視点で描かれた世界は、靄がかかったように濁っていて、現実感がありません。確かにその向こう側には生活の匂いを、身の危険を、人間の感情を感じるのに、文章のフィルターがそれをつかみどころのないぼやけたものにしていて、一人称なのにどこか自分自身の感情や行動すら遠い世界の出来事のよう。
そう感じるのは、恐らく語り手の問題。この主人公はコミュニケーションや社会常識に欠けているのですが、それよりも、もっと根本的に人間に興味が無いのだと思います。そして、この自分の中に浮かんでいるような閉じた感覚に、ここまで極端じゃなくても心当たりがあるから、この小説は読んでいて思うところが多いです。特に、興味を全部振り捨てて、心を消したはずの主人公が、自分でも認識できていないどこかで揺れたり、痛みを感じたりしているのが読んでいてキツく感じます。
それから、その視点の先に確かに、生き物の匂いがするのは凄いと思いました。それも、バカバカしいくらいに滅茶苦茶だけど、不思議と生っぽい変な感触。主人公をホストとして雇い、何かと目を駆けてくれるシンさん。虚言癖で、やくざとしても半端で、クスリ漬けのろくでなしな男ですが、そこには弱くて不完全な人の姿があって、周りに女の人の姿が絶えないのもなんとなく納得したり。他にも主人公に関わってくる人々の想いや、場面場面での空気感というのは、主人公には伝わってないのにその向こう側から漏れてくるような感じがして、何だか不思議な読感がありました。
そんな心の壊れた主人公の世界は、何と戦っているのかすらわからないまま自家中毒を起こすように行き詰っていって、少しづつ変わってはいても、根本は最後まで変わっていないように思います。それでも、行き止まりでどうしようもない世界の中で、それでも生きようという小さな希望を感じさせてくれるラストは、ほんの少しですが、救われたような気持ちにもなるものでした。
私個人としては、この作品で描かれてる時代より後の人間なので、時代という面で色々と分からない部分もあったのですが、変なんだけど時々突き刺さる、心に何かが引っ掛かるような作品だったと思います。面白かったです。