製鉄天使 / 桜庭一樹

製鉄天使

製鉄天使

赤朽葉家の伝説」スピンオフとなる作品。製鉄業を営む家に生まれた少女赤緑豆小豆が、製鉄天使というレディースを立ち上げ中国地方を統一するまで駆け抜けた数年間。その子どもの時間を描ききった物語になります。
久しぶりに「少女」を描いた桜庭作品という印象の一冊ですが、推定少女や砂糖菓子のころの研ぎ澄まされて透き通った雰囲気よりも、もっとごちゃごちゃとして、溜めこんだエネルギーがためらいなく爆発するような印象を受けました。
たぶんそれは、昭和という時代その中で駆け抜けたヤンキー文化を描いた作品であると同時に、現実と虚構が入り混じってどこか神話的な雰囲気を持った作品であるから。
鳥取のハイウェイ国道4649号線を駆け抜ける真っ赤な特攻服の少女達。火花を散らす特攻隊長に、肥溜で拾った牛糞で道に詩をつづる扇動者。そして鉄を自在に操り、敵のレディースに血の雨を降らせる山の民の子孫である総長。暴力とスピードと組同士の抗争。消化しきれないエネルギーを胸に抱えて、毎夜のように「ぱらりらぱらりら」と走り抜ける少女達。
冷静になれば馬鹿馬鹿しいようなことだって、彼女たちにとっては今という時間の真実で、「えいえんの国」を目指してこの瞬間を駆け抜ける。やっていることも、ネーミングセンスもバカみたいで、でもここにしかない、ここでしかない何かがあって。
大人が寝静まった夜、子どもだけのフィクションに全てをかける、たった19歳までの短い時間。先の見えない日々への不安感と中国地方という小さな世界。何かを求める渇き、絶望、熱量。そんな荒っぽくて荒唐無稽で、でも切なさに胸が痛くなるような物語。
そのフィクションの描き方は違っても、ここに居る少女達は砂糖菓子の弾丸をぽこぽこ撃って世界と戦っている戦士たちなのだと思います。だから彼女たちはいつしか大人になるし、大人になれずに死んでいく子たちもいる。小豆のバイクの後ろで二人だけの刹那を生きて、優等生の道を歩みながら壊れていった菫の姿に、これは桜庭一樹の描く少女たちの物語なんだなと実感させられるのです。
それでも、エピローグを読んで、小豆の子どもの魂は、彼女のもとを離れてもなお、「えいえんの国」に向かって走り続けるのだと思いました。だから、この時代をここで走り抜けた少女たちの物語を、私も忘れずに覚えておきたいと思います。