- 作者: 美奈川護,望月朔
- 出版社/メーカー: アスキー・メディアワークス
- 発売日: 2010/02/10
- メディア: 文庫
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絵画でも音楽でも小説でも芸術と呼ばれる分野の作品には、人の心に訴える、ひいては世界を変えるような力があるのだと思います。それゆえに、世界政府はそういう力を持った芸術作品をプロパガンダの一種だと禁止し、『破壊者』ヴァンダルの少女は誰もが心の中に一枚の特別な絵を持っているのだと言います。
人生を変えるような、何かの力を持った絵画。禁じられたそれを描き続けるヴァンダルも、禁止することで世界から変化を取り除こうとする政府も、どちらが正しいと言うことではなくて、この物語は純粋に、そんな誰かにとって特別な絵画というものの力を、その魅力を描いたものなのだと思いました。
そういう意味で、個人的には1章と2章がお気に入り。ヴァンダルが街中に模写した過去の名画が、ウィーンのバイオリン奏者の少年とその祖父の、ラスベガスでカジノのディーラーをやっていた女性の心に届いて、その人生を変えていく。何か特別なことが起きるわけではなくて、でもその人にとっては特別な1枚の絵画。綺麗な文章で丁寧に描かれる物語は、絵画の持つ力をとても澄んだ形で見せてくれるようで、思わず取り上げられた絵画を見に行きたくなりました。
その後のヴァンダルの少女エナ自身の物語では、絵画と言う奇跡を見せる存在としてのヴァンダルではない、いろいろなものを抱えた等身大の彼女の姿が見えてきます。ただ、エナにとって特別な絵画という、個人的な物語になりすぎている感じもありました。個人的には、ヴァンダルは個人的な事情で動くよりも、絵画の力の代弁者であって欲しかったかなと思います。そして逆にエナの物語として描くのならば、ヴァンダル側にもそれを追いかけるインタポール側にさらに踏み込んで、もっと彼ら彼女らの抱えた絵画に対する切実さを見せて欲しかったように思います。
そんな感じもありつつ、思わず美術館に行きたくなるような、絵画に対する愛の感じられる素敵な作品でした。それから、己の目的を失った元軍人のサイボーグが、彼の友人から託された強い意志と目標を持った娘を守ることで生きる意味を取り戻して行くというシチュエーションと二人の関係性は、ベタではありますが大変美味しい良いものだと思います!