スワロウテイル人工少女販売処 / 籐真千歳

スワロウテイル人工少女販売処 (ハヤカワ文庫JA)

スワロウテイル人工少女販売処 (ハヤカワ文庫JA)

〈種のアポトーシス〉により、感染者たちは関東湾に浮かぶ人工島に男女分けられて暮らす未来。人々は、人を模して創られた人工妖精と暮らし、自治区は隔離された世界として微細機械の恩恵を受け、どこよりも豊かでどこよりも浄化された生活を提供しています。その中で、等級認定外の5等級として暮らす人工妖精の揚羽の目を通じて描かれる、終わりに向かう人々の歴史の中で、人と人が創ったものの共生、そして未来への希望を描いた物語です。
関東湾に浮かんだ人工島。男女の性行為によって感染し進行する〈種のアポトーシス〉への対策として男女別に分けられた島を隔てる巨大な歯車。そこで暮らす人々、自警団、赤色期間、総督府、そして日本との関係。すべてを浄化して、不自然なまでに清い世界を維持し、無限の豊かさを提供し続ける蝶型の微細機械。人の形に創られ、人と同じように感じ考え、人と共に暮らす人工妖精。
読み始めてから目の前に広がっていくのはそんな世界。そして、そこに登場してくるのは少女の姿をした天才精神原型師に、人工妖精の自己免疫である青色機関を名乗る5等級の人工妖精。そして自警団の青年、人工妖精に恋をした少年、密売に手を染めるおかしな精神原型師
《傘持ち》と呼ばれる人工妖精による連続殺人を追って始まる物語は、これでもかというほどに数多のテーマを詰め込んで進んでいきます。人が人に近いものをつくる事の意味。その誕生にも関わった鏡子の過去と、かつて人類を追い詰めた人工知能の反乱、そして微細機械発明の謎。《傘持ち》に関わる政治的背景、自治区と本国の関係。人と人工妖精が恋におちるということ。物語を保てない中で紡がれる、共同幻想としての匿名の書き込み。揚羽と真白という姉妹の出自の謎。
この物語は、そのテーマやアイデア全てが綺麗に物語の中で語られているという感じではありません。あれもこれも詰め込んだ結果雑然とした印象は最後まであって、語りきれていない部分もあるようで、スマートとは呼べないものになっているように感じます。個人的には、広がっていく世界とテーマをなかなか掴みきれずに読んでいましたし、設定を語りすぎてアンバランスになっていたり、テーマ同士の食いあわせが悪く感じたり、ライトノベル的なキャラクターが世界観から浮いているようにも感じたりと、良くできた作品、洗練された作品とは言いがたいものがあるとは思います。
ただ、それでも、この500ページを超える物語の中に、作者が自分の感じるもの、考えるものそのすべてをぶつけようとした、その勢いというか、強さのようなものは感じる作品でした。荒削りでも、訴えかけてくるような何かはある、そしてその強さ、真摯さに惹きこまれるような渾身の一作という感じ。そして、そういうところがとても魅力的な1冊でした。
この物語は、何か答えを提示するものではないように感じます。ただ単純に、幸せでありたい、そして幸せにしてあげたいと願う人々と人工妖精たち。なのに、シンプルにはいかない世界の中、人類が終わりへと向かう世界の中、その関係も困難を抱えたままで、人の行き先は定められたままに、数多の欺瞞と理不尽と矛盾を抱えて、それでも自治区の生活は続いていきます。
分かり合えないことも、納得できないことも、何かを天秤にかけざるをえないことも、迷うことも争うことも、何一つなくなりはしない。それでも、あるかどうかも分からない希望のために、ただ幸せであれという願いのために、僅かな光を求めて、何処に届くかもわからないその一歩を踏み出す姿。第三部のラストから最終章にかけて、ただ祈るようにその希望を唄い続ける物語の力に、思わず目頭が熱くなるような作品でした。とても良かったです。