ヴィークルエンド / うえお久光

ヴィークルエンド (電撃文庫)

ヴィークルエンド (電撃文庫)

子供たちが先天的な"欠陥"と共感覚を持って生まれ、サプリが無いと感情をコントロールできない時代。サプリによって自らの身体を乗り物と認識させ速さを競う、《ヴィークルレース》にのめり込む少年たちの物語。
うえお久光の小説を読むのは『紫色のクオリア』に続いて2冊目だったのですが、この人の作品は人の感覚というものをテーマにしているのかなと思います。感情が一定値を超えると、それを『熱』としてしか感じられない主人公のカナミを始め、ある感覚を別のものとして感じる共感覚を持った子供たち。そしてその象徴が自らの身体を操縦するという感覚をもたらすヴィークルというサプリや、見たり聴いたりするだけでなくもっと広い感覚を前提に作られた新世代アート。
既存のものとは全く違う感覚を持って、それ故に別の価値観が芽吹きつつある新しい世代の少年少女。彼ら彼女らが引き起こすアンダーグラウンドからの波のようなヴィークルレースは、その違法性や世間からの扱いもあって凄くカウンターカルチャー的な空気がありました。そしてその中で、新興チームアンパサンドの頭脳として動くカナミが、麻薬と似た成分を持ったサプリを使い感情を欠落させて生まれてくる自分たちの世代が、それが当たり前でその上に成り立つ新しい価値観を見せてやろうと、自分たちを否定する旧世代の大人たちを乗り越えて世界を変えてやろうと、かなりギラギラした野望を持って実際に行動を起こしていく辺りも、時代の変化からくる価値観の変化の源流を描いているような感じ。
個人的にこの新世代は、当然ではありますが理解の範疇を超えるもので、だからカナミの行動や言動にはあまり共感はできなかったですし、ヴィークルレースの文化が持つ荒っぽい騒がしさも苦手なものではあったのですが、社会の底から沸き上がってくる新しい流れを間近で眺めるようなみたいな面白さがありました。
そしてそんなカナミと彼が出会った歌姫ミクニの会話も面白かったところ。一定以上の感情が全て『熱』に感じられる共感覚を持ったカナミの言動や行動は、どんなに熱を感じたところで、それがどんな強い感情なのか分からないもの。新しい世代の価値観で世界を変えるという野望や、もっと身近な自分の限界を超えてみたいという渇望も、結局は論理の上で語っているだけで、自分ですらその根源が何かは分かっていません。
そんなカナミに対して、言っていることが正しいか正しくないかを感じることができるミクニとの対話は、見えなかった、見えないようにしていたカナミの根源を掘り返していくよう。そしてその会話の中に、二人の価値観の違いや似た部分、感情をコントロールできず、サプリを使えば逆にどうとでもできてしまう新世代の限界と可能性みたいなものが見え隠れして、読んでいて面白かったです。
彼らの感じている、あと一歩が掴めない、あと一息が届かないようなモヤモヤ感。それを抱えたままに生き続ける彼らを最後に待ち受けていたのは、何もかもを熱と全裸で振り切った、喜劇のようなクライマックスでした。騒がしくも鋭い若者たちの熱気と、当たり前の感覚を超えた得体のしれない何か満ちている、読んでいて思わず凄いなと感じるような物語だったと思います。