僕のエア / 滝本竜彦

僕のエア

僕のエア

滝本竜彦久しぶりの単行本は、連載自体は2004年のものであることもあってか、「滝本竜彦」という感じの一冊でした。
上京したもののそのままフリーターとなった主人公。子供時代に結婚の約束をしたお姉さんも、学生時代に仲の良かった女の子も別の男と結婚して、お金もなくボロいアパートで暮らし、夢も目標も生きがいもなく、友達もいなくて、ただ生きているだけのような日々。そんな彼が事故のよる死の淵にあって出会ってしまったもの、それはレインコートに最愛のスミレ姉ちゃんの当時の姿をした、エアだったのですという感じで始まる物語。
オドオドとして少女の姿をした明らかに幻覚なエアにスミレを攫えと唆されたり脳をいじられたりしつつ、主人公は躁と欝を行ったり来たり。口だけダメ人間な伊藤や、いい年して女の手も握ったことのない峰岸さんと繰り広げる青春模様はひたすらに痛々しくから回るばかり。ギラギラとした欲望も、死にたくなるような憂鬱も、全部が全部脳が見せる幻覚。所詮全ては妄想で幻覚。
明確な敵も、手に入れたいものも、叶えたい夢も、無いというよりは信じられない。生の感情というか熱っぽい何かは、インスタントに生成されるばかりで本物に届かない。頑張っているようで逃げているばかりで、死にたいようで死ぬほどでもなくて、見せかけの熱意で埋め尽くそうとした日常の隙間から、何もかもを底なしに飲み込む闇が顔を出しているような恐怖感。
私が滝本竜彦にハマったのは大学時代で、その頃と比べれば随分と冷静に読めるようになったとは思いましたが、日々の暮らしの中で隙あらば狙っているようなこの恐怖感は、それでも凄くよく分かってしまって、読んでいて笑えるのに痛かったです。
エアを失った後半、主人公にはいくつか選択肢が提示されているように思います。押しかけるようにやってきた梢との流されるがままの同棲生活。年末に帰った実家で感じた人の温かさと幸せ。自分はもうここまでだと全てを捨てること。けれど、主人公はどれかを選ぶことすらできません。そして執着の形として残っていたスミレとの関係があっけなくひとつの結末を迎えて尚、手にすることも捨てることもできない主人公の生活は、都会の片隅で続いていくのだと思いました。そうやって、生き続けることしかできないのだと。