丘ルトロジック 沈丁花桜のカンタータ / 耳目口司

「この美しい世界を、人間から取り返そうじゃないか」

神楽咲高校丘ルト研究会。そこに集まった狂人たちが、虐げられ圧縮されたエネルギーを一瞬の輝きに変えて、街中で高らか奏でるカンタータ
風景を愛する高校生咲丘が興味を持った丘研。しかしそこは、暴君な部長沈丁花が率いる、オカルト研究会だった、という出だしで始まる物語は一見すればよくある、奇人変人の集まった部活動ものに見えます。そして、部室でボードゲームをしたり、なんども死ぬ男やツチノコといったオカルトの噂を追って街を調査するその活動自体も、ちょっと逸脱してはいるものの、変な活動をする部活で理解可能なもの。
でも、第三部に入ってこれはそういうものではないことが明らかになってからがこの作品の真骨頂。街の中心にある歓楽街、そこで起こる連続殺人事件に関わる中で、一般常識は外れていてもその外側にある倫理的なブレーキみたいなもの、それがこの丘研メンバーには無いことが明らかになっていく様はゾクッとするものがあります。
世界から疎外されて虐げられてきた者たち。世界の暗さを知って、なお立ち上がった異端者たちが、人の暗部を集積したような歓楽街の真ん中で引き起こす事件。それは、大きな力を持った個の集団が行う、とんでもなく独善的で、誰が傷つくことも問わず、自らの望むものをそこにもたらすためのもの。文字通りの暴君である沈丁花桜の手によって高らかに奏でられた狂乱のカンタータは、彼女たちが世界を取り戻すためだけに、混沌とした街を塗り潰していきます。
キャラクターを好きになれることは作品を好きになる一つの要素で、そういう意味ではこの作品はかなりキワモノ的な一冊だと思います。丘研メンバーは一人残らず狂っていて、理解はできてもちょっと共感はできません。これはそういう敢えて感情移入の余地を廃したような、人間を呪う者たちのエネルギーが、小さな街の中で爆発し、暴風となって荒れ狂うような物語です。
それは確かにある種美しくも思えるもので、でもやっぱり、個人的にはどうしても受け入れがたい、むしろ腹がたつようなものでした。沈丁花のやったことをネバーランドと評したり、極端なまでに倫理的な城尾滝を事件後の咲丘との対話の相手に描いていることから、意識的だと思うのですが、これは結局過ぎた力を得た虐げられた子供たちの癇癪でしかありません。どんなに勝ったような顔をしても、何十人何百人殺したとしても、向きあっていないのだからこれは勝負にすらなっていない。ただの甘え、ふざけるなと、読んでいて腹立たしく思ったのは久しぶり。
ただこれは、常人の理解の全く外側にある、別の理を持った者たちのエネルギーが圧縮されて暴発する、そんな瞬間を狂った者たちの側から描いた作品なのだと思います。ならばどこまで行っても噛み合わないのはむしろ当然。決定的な断絶がもたらす、刹那の輝きだけ残してどこへも続かないそれに、読み終わって虚無感を覚えるような一冊でした。