ばらばら死体の夜 / 桜庭一樹

ばらばら死体の夜

ばらばら死体の夜

多重債務。ワーキングプア。現代の神保町を舞台に、暗く大きな穴に沈み込んでいくような、お金に縛られた男と女の物語でした。
40過ぎの翻訳家である吉野解。資産家の娘と結婚した彼が、かつて貧乏学生時代に暮らしていた古書店、泪亭の二階で出会った白井沙漠を名乗る女。何か大きなものに押し流されていくような、甘く、重く、濁ったような二人の時間は、沙漠が解に三百万を求めたところから少しづつ崩れていきます。
楽園のような、絵に書いたように整った、上流家庭としての解の家族。お嬢様として育った妻の由乃。古い強い時代を象徴するかのような義父。由乃の友人で、独身のままおばさんになった里子。泪亭の店主である、かつて広告代理店で働いていた佐藤。解の過去、沙漠の過去。章ごとに視点を移しながら、少しづつ明らかにされていく過去と、動いていく現在。その物語は、男と女、母、父、子、現代と古い時代といった、作者が描き続けたテーマを伴いながら、人とお金というものをひとつの軸にして描かれていきます。
法改正を前に、借金を返済しなければいけない多重債務者たち。少女時代に母と父を亡くし、ずぶずぶと沈んでいくように落ちていった沙漠。翻訳家で大学教授、資産家の娘と結婚した立場が、若き日に勉学のため重ねた借金を抱えこませた解。それぞれの理由はありながら、二人を結んだのはお互いの心のどこかを縛り、闇に引きずり続ける多重債務の存在だったのかなと思います。そのくらいに、二人の後ろに見える影は深くて、読んでいて思わず息をのむような、薄暗い恐怖を感じるほどでした。
特に、考えることから逃げて、分かっているのに放棄して、甘えて、流されているような沙漠という女の姿。聡明さと狡猾さを、美しさと醜さをぐちゃっと混ぜあわせたような、不可思議な存在。深い深い沼の底にどこまでも沈んでいくようでいて、自らも周りのものを暗い方向へと引きずり込んでいくような、危うさとどうしようもない哀しさがあって、けれど決して儚い存在ではなくどろどろとした生き方は、触れたくはないけれど目が離せなくなるような、強烈な印象を残してくれました。
それぞれの過去を、理由を暴いて広がった現実は、けれど何かがすっきり解決することはなく。深すぎる闇は逃れても、光の中で、それでも影を残し続けていくような、そんな印象の残る物語でした。個人的には、里子というキャラクターの自然体の上に図々しさを装ったような、おばさんになった自分に自覚的で、けれどそれを残念に思いながらも受け入れているような、背負わない立ち振る舞いがずるいなと思うと同時に、すごく良いなと思いました。そして一番印象に残ったのは義父のこの言葉。

「ほんとうの敵はねぇ、若者の、退廃だよ。あの得体の知れぬ無気力だ」

作品を読んでいても重たいくらいに感じるその空気は覚えのあるもので、お金というところから、それをもたらしたもののことを思うような小説でもあったのかなと感じました。
読んでいる最中は、読者も一緒にずぶずぶと沈んでいくような、暗く、重たい作品でした。作品自体の仕掛けはちょっと強引かと思うところもあるのですが、読み終わってぐったり疲れたような気がするくらいの、何だか凄い作品だったと思います。