アルトレオの空賊姫 暁天の少女と世界の鍵 / 神尾アルミ

アルトレオの空賊姫 暁天の少女と世界の鍵 (一迅社文庫アイリス)

アルトレオの空賊姫 暁天の少女と世界の鍵 (一迅社文庫アイリス)

蒼い大空で謎の少女で魔法で科学で空軍に空賊で、そんなロマンいっぱい要素に溢れつつも、すごくシンプルに君の名前を呼ぶということを描いた物語でした。
人々が地上を離れた世界で、脱出ポットに乗ったまま眠っていたところを空賊たちに拾われた少女イスカ。自分の名前と生き別れの弟のこと以外は記憶を無くた彼女は、けれど不思議な力を持っていてという感じのお話。
空賊団の頭であるヤフェト、そしてヤフェトと戦って墜ちたところをイスカが飛び出して助けた空軍の青年ルヴェンとの三角関係的な恋愛要素があったり、賑やかな空賊たちとのドタバタした日常があったり、垣間見える世界の厳しい現実があったり。でも、特徴的なのはやっぱり広い空にそこを駆ける飛空挺、空中戦に魔石に魔法に科学技術というロマンに溢れた設定かなと思います。男の子的というか、RPG的というか、こういう話にはやっぱり無条件でワクワクするものがあります。
ただ、そういった物語の部分はこの巻ではまだ導入という感じで深く語られるものではなく。キャラクターたちの掘り下げも、設定にある魅力的な謎の部分も、まだまだこれからという感じでちょっと肩すかし感もありました。この先面白くなりそうな感じではあるので続きに期待。
だから、この巻での最大の魅力は「名前を呼ぶ」というそのシンプルな行為にあるのだと思います。記憶を失い不思議な力に自分自身を押し流されそうになるイスカと、人形として使われ自分自身の意思を持たないルヴェン。そんな自分が希薄な二人が、お互いをお互いでいられるように、必死で呼ぶ相手の名前。
言葉というのは汎用的で誰のためでもなくて、それがたとえ人を表すものであったとしても同様で、それでも、名前だけは、どんな時でもその人だけを示した、その人のためだけのもの。誰かが誰かであるためにそんな名前を必死で呼んでくれるあなたがいることの特別さ、みたいなものを強く感じた一冊でした。