ドッペルゲンガーの恋人 / 唐辺葉介

ドッペルゲンガーの恋人 (星海社FICTIONS)

ドッペルゲンガーの恋人 (星海社FICTIONS)

淡々とした言葉で綴られていくクローンの恋人と僕の物語。読んでいて足元がぐにゃりと歪んでいくような気持ち悪さがある作品でした。
幹細胞から肉体を創り、生前の記憶をコピーする。病気で死んだはずの恋人を、そういうクローン技術の実験で蘇らせた主人公。だからこの作品は、クローンというものに対する倫理的なものは、最初の最初から踏み越えてしまっていて、超えてしまった先での出来事が描かれていく感じ。そしてこの踏み越えてしまっている主人公の一人称は、クローンの存在を気持ち悪いくらいに普通のことと考えています。
それが恋人への妄執の果てに行き着いた地点なのか、過去の経験がもたらしたものなのかは分からなくとも、少なくとも恋人を蘇らせて一緒に暮らし始めた彼の思考も行動も、かなり偏ったもの。それは、死んだはずの自分という自己同一性の一点において苦しむ恋人に対して、分かっていての傲慢さとか無神経さではなく、完全にそれが意識から閉めだされたような無理解は、主人公にはそうやって進むしか道が無いのだと思っても、やっぱり読んでいて苛立つものがありました。
そして物語は、そんな主人公が行き着くところまで行って、創られた幸せを掴み、それを世界に対して展開しようとするところで終わります。けれど、走り抜けた先にあるのは、ただ幸せなだけのハッピーエンドではなくて。その世界をふと揺り戻すように、生身の何かがよぎるように現れる、言い知れぬ不安感と気持ち悪さの残る、何か。
恋人はアイデンティティに、主人公はその恋人との関係に苦しみ続けた中盤を超えて、幸せな世界が表面上展開したように見せながら、常に足元は揺らいでいて、どこか不安で据わりの悪い、いつ崩れるかも分からない気色の悪さを持っているような感触。明確に足場が崩れたのではなく、気が付けば物語に捉えられてずぶずぶと沈んでいるような。「PSYCHE」を読んだ時にも思ったのですが、シンプルな文章を淡々と重ねながら、読み終わった後しばらく目眩が残るようなこの感覚を味合わせる作者は凄いと思います。
決して読んで楽しいものではないと思うのですが、読み終わってしばらくの間どうしても気になるような、独特な読み味のある作品でした。