雪蟷螂 / 紅玉いづき

雪蟷螂 (電撃文庫)

雪蟷螂 (電撃文庫)

「狂うことが、恋なのだ」

その女は、愛したものを喰らうとまで言われるフェルビエ族。山脈で長く続いてきた、「蛮族」フェルビエと「狂人」ミルデの争い。先代の族長同士の盟約により、10年間の休戦を経て、和平のためにミルデ族長のオウガに嫁ぐこととなったフェルビエ族長アルテシアと、彼女に関わる人々の、愛と闘いの物語。
どこまでも白い冬の山脈。その中に鮮やかに映える唇の紅、そこに舞う血の赤。読み始めると、その鮮烈なイメージだけで一気に心をもっていかれるような感じがしました。そこに住まう激情の民たち。その代表たるアルテシアは、婚礼を自分自身の闘いだとして、ミルデへと向かいます。読んでいてまずは、その他人に対しても、自分に対しても発揮される気性の激しさにとても惹かれたのですが、その婚礼を巡る物語の真実が見えてくるに従って、ここにある激しさというものは、そんなものではなくて、もっと狂おしい愛の形なのだと思わされました。
勝つための闘いを矜持と理性に従い行うことは、それがどれほど激しくて、自分すら追い詰めるようなものであれ、狂っているとまで言えないのだと思います。けれど、ここに描かれた人々の関係は、そんな単純な足し算と引き算では理解できないような、正しく狂ったもののように思えました。そして、この物語はそれこそを恋であり愛であるといっているような、そんな感じを受けます。
愛したものを喰らうというフェルビエの雪蟷螂。その激情が、熱が、何もかもを変えていくような。喰らいたいほど、殺したいほど、殉じたいほど、それも全ては愛の形。そこには憎しみも愛情も信仰も様々の感情が、針を振り切るくらいの強さで入り混じっていて、けれどこれは一言で愛と生の物語なのだろうと感じます。狂うほどに激しく、理性の向こう側で。それが生きることであり、それは闘うことであり、そして愛することであるというような。だからこそ、そのひとつの果てで、絶冬の花嫁は、巡り来る春は、こんなにも美しく見えるのだと、そんなことを思いました。